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白い顔の女
お似合いの二人だと、誰もが思っていた。いつか結婚して、幸せな家庭を築くのだろうと。
「ホントあり得ないんですよ、ちょっと聞いてくださいよ」
二人が別れたとの噂を人づてに聞いた直後、当の本人から連絡があった。電話じゃなんだから、会ってゆっくり聞いてあげるよと、私は彼女・愛結を飲みに誘った。
愛結も、別れた彼氏の広輝も私の共通の友人であり、出会いは都内のダイビングショップだった。ショップを利用する客の年齢層のメインは、二十代から四十代と実に幅広く、この店のおかげで職業や年齢の違う友人と多数知り合うことが出来た。
結婚して子供ができて育児に奔走するうちに、海からは遠ざかってしまったけれど、友人たちとの付き合いは新年会や忘年会と、年に数回は続けていた。知り合った頃はまだ大学生だった愛結と広輝の二人も、早いものでアラサーと呼ばれる年齢に差し掛かっていた。そろそろゴールインの報告が聞けるのではないかと思っていた矢先に、飛び込んできた破局の知らせ。一方的に別れを告げられたという愛結は、さぞかし落ち込んでいるだろうと思っていたら、
「広輝があんな情けない奴だとは思いませんでしたよ。別れてマジ正解」
と、週末に誘い出したワインバーで、鼻息荒く語りだした。
愛結の話を簡単にまとめると ──
交際期間も五年を超え、そろそろ結婚を考えてもいいんじゃないかと先に提案したのは、愛結の方だった。確かに、快活で行動的な愛結とは反対に、おっとりとして物静かなタイプの広輝は、はたから見る限りではいつも愛結に先導されつつニコニコと後からついてくるイメージがあった。実際、デートも旅行もほとんどの場合愛結が計画をして、彼はそれに乗っかってくることが常だったらしい。
もともと愛結は、あれこれ調べたり計画したりするのが得意だし好きだったので、その点に関しては特に不満はなかった。しかし、結婚の提案もいつも通りに、広輝が「いいね」と賛成してくれるとばかり思っていたのに、「……それは、もうちょっと待って」と何度も回答を先延ばしにしてきたことが、愛結の機嫌を損ねた。
お互い健康だし、仕事だって順調。都内の親族が経営する会社に勤める広輝には、転勤の心配もないはずなのに、いったい何が問題なのかと愛結は広輝を問い詰めた。すると広輝は言いにくそうに、
「……実家が、許してくれないと思う」
などという理由を口にした。これが更に、愛結の怒りに火をつけた。
「だって、あり得ないと思いません? 私、広輝の両親に会ったこともないんですよ? それなのに会う前からどうして、『許してくれないかも』だなんてことになるんだよって話ですよ」
酔いと怒りで真っ赤になっていても、愛結は充分魅力的だった。
そう、ショップ内には愛結のファンである男性が何人もいたほどに、彼女は好感度の高い女子だった。明るくて社交的で、その場に彼女がいるだけで一気に華やかになるのは、一種の才能ともいえるだろう。常識も知性も品格もあり、両親から大切に育てられているといった印象もあった。少々気が強すぎる面もありはしたが、「どこに出しても恥ずかしくないお嬢さん」として申し分ないのではないかと、歳上の友人として思っていたのだが……。
「『一応、説得してみるから待ってくれ』って、最初のうちは広輝も言っていたんですけど」
『一応』だなんていうのも、ずいぶんと酷い話だ。真面目で、誠実なイメージのあった広輝から出た言葉とは信じ難かった。
「半年ほど待たされて『やっぱり無理だった、ゴメン』ですって。なんかもう、情けなくなっちゃって」
いい歳をして、両親の言いなりになっている広輝に愛想が尽きかけたころ、先に広輝の方から「これ以上一緒にいても、愛結を傷つけるだけだから」と別れを切り出され、交際に終止符を打つ決意に至ったのだという。
「先に言い出さなかったせいで、なんだか私が広輝に捨てられたみたいになっちゃって、めちゃくちゃ不本意なんですけど。でも彼の両親が、そんな独裁者みたいな人たちだったなんて、結婚する前に分かってむしろ良かったと思うしかないですよね」
そんな風に前向きな姿勢で考えられるのならば、またすぐにいい人に出会えるはずだよと、私は愛結を励まし、グラスを重ねてその夜はとことん彼女に付き合った。
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