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7.木下翔子 Ⅱ
「昔さ、みんなで何回か牧場に遊びに行ったの、覚えてるか?」
みんなで教室にいる時、英司が突然そんなことを言った。
「ああ、なんだっけ、那須町の共同利用なんちゃらってとこ?家族総出でみんなで遊びに行ったよね、懐かしい。恭ちゃんなんて大きい動物さん怖いーって泣いてたっけ。」
「だからそういう要らん事ばかり覚えてなくていいっつーの!」
「はいはい、イチャつくんなら他所でやれ。それで?牧場がなんだって?」
大悟はひなのと恭平のやり取りをばっさりと切り捨てて話を本題に戻した。
みんなの視線が英司の方に向けられる。
「兄貴がさ、今度うちに帰ってくるんだけど、車出してもらって、来月みんなでまたあそこに行かないか?」
英司がそういう提案を自分からするのは珍しかった。彼は人の提案に乗ることはあるが、自分からどこかに行こうという提案をすることはほとんどなかったのだ。
何か意図があるのだろうか、そう思った。
「なんで来月なの?」
私が尋ねると英司はいつもと変わらぬ表情を浮かべた。笑ってはいるのだが、感情を悟らせないようカムフラージュしているようにも見えた。
「来月流星群が見れるんだって。俺達ももう卒業だろ?だからみんなでどっか行きたいなと思ってさ。」
軽い口調で言っているようだったが、何故かみんなそれが軽い気持ちの提案ではないことを感じているようだった。
受験前なのにとは思うが、一日くらい出掛けたところで影響を及ぼすほど逼迫した状態の人間はここにはいない。
みんなその提案を否定する理由はなかった。
「流星群とかすげぇじゃん。俺見たい!行く!」
恭平はすぐに目を輝かせて身を乗り出した。
ひなのはそんな恭平を見て、自分も行くと続いた。
大悟も同様だった。残るは私一人となり、英司は優しい眼差しで私のことを見た。
「翔子は、どうかな?」
拒否権はないように感じた。
私は行くと一言だけ答えた。
英司が「それじゃ兄貴に言っとくわ」と言い、そこで話は終わった。
私はその晩に英司に電話をかけた。
英司はすぐに電話に出てくれた。
『もしもし、どうかした?』
「英司、今日の話、急にどうしたの?なにかあった?」
『星を見に行こうってやつ?』
「そう、それ。」
英司は別になんでもないよとしか答えなかった。彼はよくこうして大切なことを隠すことがある。普段は柔和な顔をしている癖に意外と頑固なのだ。こうなるともうなにを言っても無駄なのである。
『あ、そうだ翔子さ。』
不意に名前を呼ばれてハッとする。
「え、なに?」
『ひなの、卒業したら東京に行くんだって。俺も最近大悟から偶然聞いたんだけどさ、なんか借りてるものとかあったら忘れないうちにちゃんと渡しとけよ?』
英司の言葉にドキリとする。
私は部屋の片隅に置かれた小さな紙袋を見つめた。
ーひなのには渡さないで
恭平がそう言っていたから、ずっと預かったままでいた。捨ててもいいと言っていたけど、そんなこと出来るはずもなかった。
どうしたらいいのか分からなくて、結局部屋のすみっこに置きっぱなしになっていた。
『翔子?どうかした?』
「ううん、なんでもないの。私そろそろお風呂入らなきゃ。いきなりごめんね。電話しちゃって。」
『いや、大丈夫だよ。いつでも電話して。』
「ありがとう、それじゃまたね。」
『うん、また。』
電話を切ると、部屋の中は静かになった。
預かっているプレゼントは依然として居心地悪そうに、私の部屋に鎮座している。
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