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9.山本ひなの Ⅱ
仰げば尊しも、黒板の卒業おめでとうの文字も、まるで別世界の出来事のようで、私は正直なんだかなぁという気持ちでその日を過ごしていた。
あの夜、恭ちゃんは散々泣き叫んで、沢山の流星とともに消えてしまった。
一緒に卒業したかった、みんなの思いは変わらなかったが、きっと仕方なかったのだ。
英ちゃんから聞いた恭ちゃんの言葉を借りるなら、神様からのボーナスタイムとやらが切れてしまったということなのだろう。
私達は受け入れるしかない。
教室ではみんな名残惜しそうに泣いていた。
私はそれを他人事のようにただ眺めていた。
「ひなの、ちょっといい?」
最後のホームルームも終えたところで翔子が私に声をかけた。
私は席を立ち、教室を出る。
春の風の切なくなる匂いがふわりと香った。
桜の花を見ると、白と言えばいいのか桃色と言えばいいのか、いつも形容に迷ってしまう。
どうでもいいのだけれど、そんなこと。
「ひなのに、謝らなきゃいけないことがあるの。」
「私に?」
翔子は校舎脇の桜の木の下で私に小さな箱を手渡した。プレゼント用に包まれた可愛らしい箱だった。
「なにこれ?」
「開けてみて」
私はわけもわからぬままその包みを開ける。
中には小さな指輪がきらめいていた。指輪といっても高価なものではなく、おもちゃのようなものだったが。
「…なに、これ?」
もう一度、翔子に問いかけると彼女は突然ごめんと言って、泣き出してしまった。
「翔子?なに、どうしたっていうの?」
困惑する私に、翔子はなんとか言葉を紡ぐ。
「それ、恭平があなたに買ったものなの。紙袋は血が付いて酷い状態だったから、違うものに取り替えたのだけど、中身は間違いなく彼があなたに買ったものよ。私がずっと預かっていたの。彼に頼まれて。…彼が死んだのは、私のせいなの。ずっと言わなくちゃって思ってた。でも怖くて、ひなのには言えなかった。ごめんなさい。」
「待って、なにそれ、どういうこと?」
私は手のひらの上の指輪をもう一度見る。
たしかに恭ちゃんが選びそうなものだった。
「あの日、頼まれて一緒に買い物に行ったの。恭平が会計するときに、私は隣の本屋に立ち寄った。本をパラパラ捲っている時に、店の外で待つ恭平の姿が見えたの。買ったばかりの包みをとても愛おしそうに見てた。私、あなたに嫉妬したのよ。英司はそういうことしない人だったから。純粋にまっすぐ好きだって伝えようとする彼とあなたが羨ましかった。だから窓の外の彼に気付かないフリをしたの。そしたら…あんなことになって…。」
私は初めて聞く事の真相に何も言えなかった。
それでも一つだけ、どうしても聞きたいことがあった。
「でもどうして、これを翔子にあずけたの?それになんで今までずっと黙ってたのよ。」
「恭平が言ったのよ。自分はもうダメだって分かっていたみたい。これを渡してしまったらきっとひなのにとって自分は心残りになってしまうって。捨ててもいいからひなのには渡さないで、なかったことにしてほしいって。だから今までずっと言えなかった。渡すかどうかも悩んでいたの。でも、捨てることなんて出来ないし、これはやっぱり伝えるべきだと思った。」
翔子は泣き濡れた目で私を見た。
「前に進むかどうか、それを決めるのはひなの自身だと思ったの。忘れることも忘れないことも、決めるのはひなのだって。だから知らないままじゃいけないんだって。今更、遅いかもしれないけど。」
私は翔子の言葉に首を横に振った。
そんなことはない。
今更遅いなんて、そんなことはなかった。
ただこれだけは恭ちゃんに言ってやりたかった。
「…まったく、センス悪いのよ。」
翔子は同感だと言って笑った。
私もつられるようにして笑った。
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