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10.大石英司 Ⅱ
記憶は薄れるものだと言うが、十年以上経った今でもそのような気配は感じられなかった。
目を閉じれば今でもあの夜の満点の星空と辺り一面の白銀の世界をありありと思い浮かべることができる。
「英司、用意できた?」
木下から大石に名字を変えた翔子がリビングから俺を呼んだ。
「うん、車のキーは?」
「持ってる。急ぎましょう。遅れちゃう。」
俺と翔子は車に乗り込み、エンジンをかけた。
ラジオをつけるとこれみよがしにクリスマスソング特集を流してくる。
「もういい加減飽きたのだけれど、どこもかしこも浮かれてるのね。」
翔子は窓の外の景色を眺めて悩ましげに不満を漏らした。
「まあね、一大イベントだから。」
「そうは言ってもねえ…」
「まあまあ、ほら、コンビニでちょっと休憩しよう。」
車の流れは思ったよりもスムーズで、予定よりも随分早く目的地には到着しそうだった。
俺は左折のウインカーを出してコンビニの駐車場に車を停める。
店内に入ると見知った顔に遭遇した。
「あれ、ひなのじゃん。」
「あ、英ちゃん。翔子も。偶然ー!」
ひなのは東京に行ったものの、就職を機に地元に戻ってきていた。昔からうちの地元はダサいのよ!といってブーブー文句を言っていた彼女はデザイナーとして地元の店とコラボレーションを果たしている。グッズ展開もしており、たまに俺も見かけることがあった。
今ではちょっとした有名人だ。
「大ちゃんはもう着いてるっぽいよ。さっき連絡きてた。見てない?」
ひなのに言われてスマホを見るとたしかに大悟からの連絡が来ていた。
『ついた。その辺ぶらついてる。』
「そっけな!って思わない?まあ大ちゃんらしいけどさ。」
ひなのはケラケラと笑っている。
翔子はそんなひなのに問いかける。
「最近ひなのは大悟と会ったりしているの?今は住んでるところ近くなかった?」
「うん、大ちゃんのお店よく行くよー。もう美味しいからついつい買いに行っちゃうんだよね。大ちゃんのせいで私2キロも太っちゃった!」
「それは大悟のせいじゃないだろ。」
大悟は実家を継いで和菓子職人になった。
昔ながらの伝統を守りながら新しいことも織り交ぜる彼の菓子は評判で、先日は雑誌にも取り上げられていた。
「ほら、あんまり待たせちゃ悪いから早く行こう。」
「そうだね。」
街並みは変わっていく。
人もまた、変わっていく。
それでもこの牧場の光景だけは時が経っても変わらずにこうして俺達を待っていてくれる。
「よう、元気にしてたか?」
すっかり背も伸びてガッチリとした男がこちらに手を振っている。
「久しぶり、大悟も元気にしてた?」
「まあな。この通りだ。」
大人になった俺達は、こうしてたまにここに集まることにしている。
それはお互いの近況を確かめ合う同窓会のような意味も兼ねていたが、何より、ここに来れば恭平に会えるような気がしていたからだ。
街中は目まぐるしく変わっていくけれど、そういうものから離れたこの地では恭平があの日のまま笑って過ごしているような気がした。
「みんなもうすっかり大人になっちゃったねぇ。」
ひなのは大きく伸びをしながらそう言った。
その手にはあの日の指輪が握られていた。
「もうこれもすっかり小さくなっちゃったよ。はめられないもんなー。サイズ直しできるようなしっかりしたやつでもないし。」
「ただ単にお前が太っただけじゃねぇの?」
「そんなことは断じてありません!もしそうだとしたら大ちゃんのせいじゃん!」
「自業自得だろー。」
「相変わらず賑やかだなぁ。」
何でもないやり取り。
空を見上げると突き抜けるような青空に白い雲が気持ちよさそうに泳いでいる。
あの日の星空を思い返すたび、思うことがある。
俺達はみんな、あの星降る夜に願い事をした。
ありったけの気持ちを込めてみんなが同じ願いを込めた。
「もし生まれ変わりがあるのなら、またもう一度みんなで会えますように」
もしかしたら前世でも俺達はそんな願いをかけたのかもしれない。
さらに言えばその前の命ですらも。
もう一度会えますようにと、同じように何度も願ったのかもしれない。
もしそうだったとしたら、きっと次だって叶うような気がしていた。
「また、会えるよな。」
胸に手を当て、一人呟くと
一陣の風が吹き抜けていった。
『本当に、変わんねぇなおまえらは』
懐かしい声が聞こえた気がして振り返ったが、そこには誰もいなかった。
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