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3.与野 恭平 Ⅰ
「肝試ししようぜ!」
俺の言葉にみんなはポカンとしていた。
それはそうだ。俺もみんなの立場なら同じ表情を浮かべるだろう。
だがしかし、俺はやる。
そう決めている。
「何をしようって?」
訝しげな顔で大悟が聞いた。
「肝試し!せっかく中学最後の夏なんだしさ、夜の校舎探検しようぜ!」
「また始まった…。」
翔子は俺に呆れたような眼差しを向け、軽く額に手をやった。
英司は読みかけの本を閉じて面白そうだと顔を上げた。真面目そうに見えて一番こういう場面でノリがいいのは意外にも英司なのである。
そして翔子は英司に弱い。
「えー、英司までそんなこと言うの?」
「あれ、もしかして翔子怖いの苦手?」
「そんなんじゃないわよ。」
「じゃあ、いいじゃん。決まりな。」
みんなすっかり英司のペースに飲まれている。
「ま、英司がそう言うならやるか。」
大悟も賛同した。
ひなのだけがなんとも渋い表情を浮かべている。
「ひなの?」
「へ!?あ、いや、うん、楽しそうだね。やろうよ肝試し。」
言葉とは裏腹に声は震えていた。
そういや、怖いの苦手だったっけ。
「大丈夫、怖かったらずっと手握ってるし。」
「いきなり何言うのよ!恥ずかしいでしょ、もう!」
真っ赤になりながらひなのが怒鳴り、ごめんごめんと俺が謝る。
まあかくして真夏の夜の肝試し大会の開催が決まったのである。
*****
夜21時、誰もいない校舎は昼の活気がまるで白昼夢かなにかであるかのように、ひっそりと静かに佇んでいた。
気温もいつもよりもわずかに低い。
絶好の肝試し日和だ。
「みんな集まったな。」
俺達は西側の裏門の前に集まっていた。
ここの鍵が最近壊れかけていたことは事前に調査済みなのである。
英司が近くにあった小石で数回鍵を叩くと、それが致命傷となり鍵はあっけなく壊れた。
ボトリと地面に落下し、キィキィという軋んだ音を立てて裏門が開く。
「さすが英司。よし、いざ夜の学校へ!」
俺達はそろりそろりと校舎の中に入っていった。
この学校にはわりとベタな七不思議が存在する。誰もいない音楽室のピアノがひとりでに鳴り出すとか、トイレの花子さんだとか、動く二宮金次郎像だとか、そんな感じのやつだ。
「なんにも起きないよね?大丈夫だよね?」
俺のすぐ後ろにひっついて歩くひなのは数分おきくらいに同じことを尋ねてくる。あんなに怒っていたと言うのにずっと俺の手を離そうとしない。俺はぎゅっとその手を握り返した。
「大丈夫。ほら、こうしてれば怖くないっしょ?」
「うん。ありがと。」
背中にひなのの体温を感じながら校舎の三階の廊下を歩く。目指すは突き当たりにある音楽室と美術室だ。
外から見たところ、職員室をはじめ、どこの部屋にも明かりは点いていなかった。
誰もいないとは思うが万が一明かりをつけてバレると面倒なので電気はつけない。
足元を照らすための懐中電灯もあるにはあるが、幸いにもこの日は満月で月明かりだけでも十分に明るかった。
何事もなく俺達は音楽室にたどり着いた。
ガラリと扉を開ける。
真っ先に目に入るのは黒くどっしりとしたピアノだった。それを見つめるように歴代の偉人達の肖像画が壁の上部にずらりと並べられている。こうして見るとわりと不気味だ。
空気中の小さなチリが月の光を浴びてチラチラと光る。
綺麗だなとその光景を見ていると、背後で英司が「あ」と声をあげた。
「なに?なになに?どうしたの英ちゃん。」
ひなのの手にぎゅうっと力がこもる。
「これ前に恭平が描いた落書きじゃん。」
英司は一つの机を指差して笑っていた。
今は誰も使っていない、余って後ろに追いやられたやつだ。
「え、何これ…人間と狼?」
「いや、そんなかわいいもんじゃないだろ、なんか目怖いし。怨霊?」
翔子と大悟はずけずけと言いたい放題言ってくれる。俺はムッとしながら否定した。
「ちがう、それサンタとトナカイ。」
「嘘でしょ、幸せな感じが微塵も感じられないんだけど。」
さっきまで怖がっていたひなのですら声を出せないほどに笑っている始末である。
「もういいだろ。俺の黒歴史は放っておいて次行こう次。」
「ま…待って…。なんか…ジワジワくる…。これは後世まで残さなきゃいけないやつだ…。」
笑いを抑えきれないまま、大悟がスマホのカメラでパシャリと写真を撮った。
「やーめーろーよー。」
「はいはい、ああ笑った。美術室には画伯の作品はないのかね?」
英司もからかってくる。
まったくひどい奴らだ。
すっかり肝試し感も削がれてしまい、最早目的は俺の黒歴史探しにシフトされていた。
みんな意気揚々と次の目的地へと向かう。
俺もすぐにあとに続いた。
音楽室のすぐ隣にある美術室、七不思議の一説によればここには血の涙を流す彫像があるんだとかなんとか。
先に美術室に入った4人は彫像そっちのけでみんな一様になにかを見ていた。
「なに?なにかあったの?」
「これ、ひなのじゃね?」
「やっぱりそうだよね?私だよね?」
みんなが見ていたのはスケッチブックだった。
おそらく誰かの忘れ物であろうそれを勝手に覗くのはどうかと思うが、開いてみたら教室の外から見ている構図のひなのの横顔が描かれていた。
鉛筆で描かれたデッサン画のようだが素人目に見ても上手いもので、それがひなのの絵だというのは誰が見ても明らかだった。
「自分の持ち物くらいちゃんと名前書いておけよな。」
持ち主の名前はどこにも記されておらず、不満そうに英司は口を尖らせた。
「なんで私…。えーなんか怖いよ。」
ひなのは眉を八の字に下げて困ったような顔をしながらスケッチブックを元の場所に戻した。
たしかに誰が描いたかも分からない自分の絵というのは怪談なんかよりも余程ホラーだ。
「まあ、実害がなければいいんじゃん?減るもんでもないし。」
「もう、他人事だと思って!大ちゃんも同じ目に合えばいいんだ!」
「俺を描こうとか物好きすぎるだろ。英司ならまだしも。逆に見てみたいわ。」
冷静な切り返しに何も言えなくなったひなのはつんとそっぽを向いてしまった。
そのあとも色々と見てまわったが、結局不思議なことも怖いことも何一つ起こりはしなかった。七不思議は七不思議のまま、謎解明には至らなかったのである。おまけに今日は新たに一つ、誰が描いたか正体不明のひなのの絵という八つ目の不思議まで生まれてしまった。
俺はその八つ目が気になってならなかった。
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