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一階の廊下をゾロゾロと歩いていると、英司がまた「あっ」と声をあげた。
「え、なになに?」
ひなのが振り返る。
英司は困ったような顔をしていた。
「俺どっかに家の鍵落としたかも。ちょっと探してくるから待ってて。」
「それなら私も一緒に行くわ。」
「俺も行く。手分けした方が早いだろ?」
翔子と大悟が口々に捜索に名乗りをあげる。
「そう?わるいな。そしたらさ、俺と翔子で三階を見てくるから大悟は二階を、ひなのと恭平は一階を見てもらってもいい?」
「わかった。見つけたらスマホで連絡とろう。」
「ごめん。今度なんかおごるわ。」
そんなわけで、俺達は各々の持ち場に鍵捜索に出かけることになった。
*****
急に静かになった校舎の一階をひなのと二人、手を繋ぎながら歩く。
先程入った教室に入り、俺達は一度捜索のために手を離した。
「鍵見つかるかな?」
ひなのは持ってきたペンライトであたりを照らしながら言った。
俺は「そうだな」と気の無い返事を返す。
実は英司が鍵を失くすというのは事前に決めていたシナリオだった。
言い出したのは英司で、二人で帰っていた時、夏らしいことをしたいとぼやいたところ、今回の肝試しを思いついたのだ。
ーいいか、俺が帰りに鍵をなくしたフリをする。そしたらみんなのことだからきっと一緒に探してくれるだろう。俺は自然な流れでひなのと恭平を二人にするから、そしたらちゃんとひなのに伝えたいことを言え。いいな?
「ひなの」
俺が名前を呼ぶと、ひなのは小首を傾げて俺の方を向いた。
「なに?恭ちゃん」
誰もいない教室には月明かりに照らされたひなのがいる。俺は彼女に近付き、その左手をとった。
「え、恭ちゃんなになに?」
動揺する彼女の薬指にそっと指輪をはめる。
この前買ったまま渡せなかったあの真っ赤な飴の指輪だ。
「あ、これ。」
「ひなのはやっぱり赤が似合うな。」
ひなのは嬉しそうに飴の指輪を見つめながら照れ隠しに悪態をついた。
「プロポーズにしては安すぎない?」
ひなのの笑顔を壊したくはなかった。
俺はひなのを抱きしめる。
突然のことにひなのは動揺を隠し得ない様子だった。
「え、ちょっと、恭ちゃん…?」
「そのまま、聞いて。」
俺の声があまりにも真剣だったから、ひなのは腕の中で小さくなったまま俺の言葉にじっと
耳を傾けていた。
「本当はそりゃ、ちゃんとした指輪も用意したかったんだけど、俺はプロポーズなんて出来ないから。それはひなのが一番よくわかってることだろう?」
ひなのの体が一瞬ピクリと強張るのを感じた。
「…恭ちゃん、わかってたの?」
「そりゃ俺バカだけどさ。さすがにわかってるよ自分のことくらい。でもみんな、何でかは知らないけど俺に気付かれないようにしてくれてるんだろう?だから俺が知ってるってことは二人だけの秘密にしてほしい。」
「でも…」
ひなのの言葉を遮るように、俺は初めてのキスをした。
「俺が気付いていることも、このキスも、全部俺達だけの秘密だ。守ってくれる?」
ひなのは赤くなった頬を隠すように、ふいっとその顔を横に逸らした。
「ずるいよ。恭ちゃんはいつも。」
「うん。そうだね。」
ブブブとスマホが鳴る。
画面を見ると英司からのメッセージだった。
『鍵あったごめん!裏口に集合でお願い!』
俺とひなのは目を見合わせてクスリと笑った。
「行こうか。」
「うん。」
俺達はもう一度だけ、軽い口付けを交わした。
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