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5.須田大悟Ⅱ
買い出しの帰り道、ジーパンの後ろポケットがブルブルと振動した。数回鳴り続けているため電話であることに気付く。
両手に持っていた荷物を片方にまとめ、空いた方の手でスマホを見ると意外な相手からの着信だった。
「もしもし、どうした?ひなの。」
「大ちゃん…」
ぐずぐずと鼻をすすっている声がする。
どうやらひなのは泣いているらしい。
「どうした、何かあったのか?」
俺はもう一度ゆっくりと問いかける。
「ごめんね、急に。」
「いや、それは構わないけど。今どこにいる?」
よく耳をすますと電話の向こうでは微かに車の走る音がする。屋外にいることは確かなようだ。
「今は…公園にいる。名前擦り切れちゃってて読めないんだけど、ほらあの、小学校の帰りにみんなでよく遊んだ…」
「秘密基地作って遊んでたとこ?小学校の裏手の。」
「そう、そこ。」
「わかった。すぐ行くからそこで待ってろ。」
「え、でも…」
「お前泣いてるの放っておいたらあとで恭平にどやされんの俺なんだよ面倒くせぇ。」
電話越しでひなのがあははと笑う。
「ありがとう、大ちゃん。わかった。待ってる。」
そこで電話は終わった。
俺はちょうど家に着いたところで、玄関に荷物を置いて中にいる母に声をかける。
「母ちゃん、俺ちょっと出てくる。荷物ここ置いとくからな!」
母が何か言ったような気がしたが俺は構うことなく家を出た。
家の脇に停めていた自転車にまたがり、全速力で駆け抜ける。
オンボロの愛車は悲鳴をあげながら落日の中を突き進んだ。
*****
公園にたどり着くとブランコの上で力なく揺れているひなのがいた。
最近はもう日が落ちると大分冷え込んだ。
俺はひなのに先程買った温かい缶のココアを差し出した。
「昔はこのブランコ、もっとでかくなかったか?」
ひなのは泣き腫らした目で俺を見上げた。
「ちがうよ。私達が大きくなったんだよ。」
ひなのは俺からココアを受け取ると「ありがとう」と言い、両手で缶を包み込むようにして暖をとった。
「そんなことはまあ、どうでもいいんだよ。なに、恭平と喧嘩でもしたの?」
ひなのはフルフルと首を横に振る。
何かを思い出したかのようにその目にまたジワリと涙が浮かんだ。
「夏に私達、肝試しだー!っていって学校忍びこんだことあったでしょ?覚えてる?」
「もちろん。あいつのあの破壊的な落書きは忘れたくても忘れらんねぇよ。」
「それは忘れてあげてよ。」
苦笑を浮かべるひなのだが、その苦笑が何かを誤魔化すためのものだということはすぐにわかった。手元のココアの缶にじっと視線を落とす。
「あの日、美術室で見かけた絵のことなんだけど、持ち主が分かったの。というか、向こうから現れたの。」
「あのスケッチブックの人?いつ?」
「今朝。学校に行ったら知らない男の子に話しかけられて。ネクタイが青だったから二年生だね。放課後少し話がしたいんだけどいいかって。」
ひなのは今日の放課後用事があるからと言っていたが、どうやら用事というのがそれだったらしい。
「私、会いに行ったんだ。その子、同じクラスの倖田さんの後輩だったみたい。それで私のことを知っていて、ずっと気になっていたって。」
倖田は同じクラスの女子で、ひなのと選択授業が同じだったこともあり、よく一緒にいるところを俺も見かけていた。大人しいが自分独自の世界を確立しているような人で、一見するとひなのとは合わないように見えるものの、実は似た者同士なように感じてはいた。
「そんなところで繋がるなんて世間は狭いな。でもそれでひなのが泣くことはないだろう?」
ひなのは俯いたまま顔を上げようとしなかった。
「付き合ってほしいって言われて、私、断ったの。好きな人がいるからって。そしたらその子、こう言ったのよ。」
ひなのは地面にポタポタと雫を落とした。
「好きな人って与野先輩のことでしょう?もういない人のことなんて想い続けても何にもならないって。
…死んだ人のことなんて、いっそ忘れた方がいいって。」
俺は何を言ったらいいか分からなくて、泣きじゃくるひなのを抱きしめてやることしかできなかった。恭平がそうしてやれない今、それが俺に出来る精一杯のことだと思った。
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