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恭平が死んだのは去年の冬のことだった。
あいつがどうしてそんなところに行ったのかは今でも分からないが、とにかくあいつは去年の12月の終わり、隣駅の賑わう街の片隅で、トラックに跳ね飛ばされて死んだ。
近くの本屋で買い物をしていた翔子が偶然その現場に居合わせたことですぐに身元が判明したため、警察や病院からの連絡は比較的早かったように思う。
病院にたどり着いた時にはもうあいつは白い布を被り、冷たいなにかに変わり果てていた。
つい先程まで馬鹿みたいな話をしていたのが嘘みたいだった。
ひなのはあまりのことに言葉をなくし、泣きじゃくる翔子を英司が抱きとめていた。
俺は不思議と涙が出ることはなく、ただひんやりと固くなった指に手を触れた。
その瞬間に人生で初めて死というものを実感した。
しかし、通夜も済ませた数日後のことだ、不可思議なことが起こった。
目の前には、なぜか恭平の姿があったのだ。
最初は夢か何かかと思った。
現実を受け入れきれなくて幻覚でも見ているのではないかと自分自身を疑った。
だが俺以外のみんなにも恭平の姿は見えているようだった。
恭平が見えるようになって更に数日が経過し、俺達はようやく現状を把握した。
にわかには信じがたい事実だが、俺達の親友は幽霊となってこの世に留まっているらしい。
恭平は死んだという自覚がまるでないかのようにいつも通りだった。
朝は学校に登校し、夕方になれば下校する。
うちの学校はサボる奴も多かった上、三年生になると授業数も減った。選択授業で移動も多く、自席にいることは少なかった。
その上あいつは楽観的だったので机の上に花が乗っている状況を「誰だか知らないけどプレゼントかな?」と喜んですらいた。俺はさすがにそれには引いた。生粋のバカだと思った。
恭平の家は祖母との二人暮らしだったから自室もそのままになっているのだろう。
俺達以外には恭平の姿は見えていないようで、共に暮らす祖母もまさか毎日孫が帰宅しているとは思ってもいないようだった。
恭平を除く俺達4人はこの事態について散々話し合いを重ねたが、やがて一つの結論に至った。
ーあいつは多分自分が死んだということに気付いていない。それならいっそ、俺達もしばらく黙っていよう。そして一緒に卒業を迎えるんだ。
恭平は学校という空間に対して思い入れがあるのか、学校の中でだけは物に触れることができた。逆に言えばそれ以外の場所では何かに触れるということが出来なかった。
俺達はなるべく恭平のそばにいて、何か不都合が起きそうな時はさりげなくカバーすることにした。そうして恭平本人に自らの死を悟られないように注意を払った。
俺達の企みを知ったら恭平は「なんて自分勝手な!」と怒るのだろうか、それともいつもみたいにヘラヘラと笑ってくれるのだろうか。
「ねぇ、大ちゃん。」
腕の中で泣きじゃくっていたひなのが今にも消えてしまいそうなか細い声を出した。
「なに」
「私ね、卒業したら東京に行くの。翔子は海外がどうのとか言ってたから、それに比べたら本当になんでもない距離だけど。それでも今の私にはすごく遠いんだよ。」
「東京?初めて聞いたけどそんな話。みんなには…あいつにはもう言ったのか?」
ひなのは力なく「ううん」と答えた。
「どうして…」
「言えるわけないじゃん。私は恭ちゃんともみんなとも一緒にいたいよ、まだこの先もずっと。でもこんなこと言ったら恭ちゃんいなくなっちゃうかもしれない。離れたくない。そんなの…そんなの嫌だよ…。」
ひなのは嗚咽を漏らして泣いていた。
細い肩が時折しゃくりあげてヒクと上がる。
「なんだよ。こんなの全然お前らしくねぇじゃん。ひなのと恭平はギャーギャー騒いでるくらいでちょうどいいのによ。」
「なによもう、そんな言い方。」
不満を口にしてはいるが、少しだけその表情は和らいだように感じる。
ひなのは俺からそっと体を離し、目尻に残る涙を拭った。無理矢理に笑顔を作る。
「…そうだよね。私らしく、ないよね。」
へへっと笑いながらくるりと後ろを向いてひなのは数歩前に出た。
空を仰いで背伸びをする。
「あのさ、大ちゃん」
「今度はなに?」
「私は…私達がやってることは…間違っているのかな?」
ひなのの声は不安を押し殺したように固く強張っていた。
少なからず俺はその言葉に動揺していた。
「…なにも間違ってねぇよ。」
季節は移り変わる。
桜が散り、夏が来て、紅葉が雪に姿を変える。
そうしてその雪が溶けてしまえばこの日常も終わりを迎える。
恭平はどうなってしまうのだろう。
俺達はどうしたらいいのだろう。
一体何が正しくて、何が間違っているというのだろう。
まだなんの答えも見えていないというのに、
空気が秋から冬の匂いへと変わった。
終わりの時が近付いている。
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