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6.大石英司 Ⅰ
昨日何かあったのだろうか、目の下に立派なクマを携えた大悟が俺のクラスにやってきたのはその日の授業も残すところあと一科目となった休み時間のことだった。
「英司、今日の放課後暇か?」
いつも落ち着いている大悟だが、今日の話し方は落ち着いているというよりも思い悩んでいるというような話しぶりだった。
「ああ、大丈夫。」
「話があるんだけど、二人で帰れるか?」
「いいよ。翔子と帰る約束してたから、話しておくよ。」
「悪いな、ありがと。」
予鈴が鳴り、大悟は「またあとで」と言って教室に戻っていった。
授業はあまり面白いものではなくて、欠伸まじりに先生の話を聞いていた。横目に見ると最前席の翔子は真剣な表情でノートをとっている。彼女はいかんせん真面目なのだ。
真面目すぎるほどに真面目。
そこが長所であり、可愛いところではあるのだけれど、俺は心配していた。
恭平の死に俺達は全員深い傷を負った。
しかし翔子はきっと、俺達以上に苦しんでいるはずだった。
俺はみんなと一つだけ、この件についての前提が異なっている。
恭平は自分が死んだことにとっくに気付いているのだ。俺達の前に最初に現れたその時から。
『恭平は自分が死んでいる自覚をもっている』
その重大な事実を、俺は恭平本人から聞いて知っていた。
そして今、俺と恭平は共犯の関係にある。
俺はみんなの前で知らないフリをし、恭平もまた気付いていないフリをしているのだ。
恭平は何故みんながそんなことをしているのかよく分からないけれど、自分のためにやってくれていることなんだろうと予想していた。
俺が気付かないフリをしていればみんなが笑っていられる、だから黙っていてほしい。
そう言っていた。
しかしなぜそのような大事なことを俺だけに教えてくれたのか、それが分からなかった。
そこで俺は恭平が秘密を打ち明けた時に、俺に話した理由を聞いた。
恭平は自分が死んだ時のことを詳しく話してくれた。
そして翔子を救ってほしいと俺に頼んだのだった。
*****
去年の12月は例年以上に寒さが厳しい年だった。
それでもクリスマスが近付いてくると街は色めき、みんなどこか浮き足立っているように感じた。
その日恭平は翔子に相談を持ちかけていた。
「翔子、女子ってクリスマスに何もらったら嬉しいもんなん?」
翔子は恭平によく向ける呆れたような眼差しで一瞥し、そっけなく答えた。
「女子っていうかひなのでしょ?本人に聞けばいいじゃない。私とは好みが違うんだし。」
「それじゃダメなんだよー。あいつ前にサプライズとか憧れる〜って言ってたからさ、絶対に秘密にしたいんだ。な、だから頼むよ、一緒に選ぶの手伝って!おねがい!」
両手をパンと合わせ、お願いと頼む姿を見て、翔子も無下にはできなかったらしい。
大きく溜息をついて「わかったわよ…」と渋々了承した。
二人は放課後隣駅で待ち合わせをして女子の好きそうな雑貨屋の立ち並ぶ通りを歩いた。
恭平の選ぶものはとにかくセンスがないと翔子には一蹴されたらしい。それでもめげずに恭平は品定めをしていた。
ようやくこれにすると決めた時にはすっかり外も暗くなっていた。
クリスマスの時期で店内は混んでおり、レジも例に漏れず混雑していた。恭平がレジに並んでいる間、翔子は見たい本があるから隣の書店を見てきてもいいかと尋ね、二人は店の外で待ち合わせをした。
先に待ち合わせ場所に着いたのは恭平だった。
書店にいる翔子はお菓子づくりのレシピ本をペラペラとめくっているところで、恭平は寒さを凌ぐために書店に入ることを考えたが、その手作りのお菓子の行く末を思い、邪魔をしないようそこで待つことにしたらしい。
眩しい光とクラクションの騒音に包まれた時にはもう手遅れだったのだと恭平は言った。
痛いとか苦しいとかそういうものは、一周まわると無になるらしい。恭平は「ああ、これはもうダメだ」と、その時悟った。
なんとかまだ少しだけ言葉を発することが出来そうだ。そう思った時に翔子が真っ青な顔をして駆け寄ったらしい。
彼女のことだ、きっと自分を責めてしまうだろうと恭平は思っていた。私があの場所に連れて行かなければ、私が待たせなければ、本屋に行きたいなんて言わなければ、恭平は死ななかったんじゃないか、そう考えてしまうだろうと。
だけど、残された時間で恭平が口にしたのは翔子への言葉ではなかった。
恭平は買ったばかりのプレゼントを翔子に託した。
「捨ててもいい。心残りになりたくない。ひなのにこれを渡さないで。なかったことにしてほしい。」
そのあとに「翔子も、自分のことを責めないで」そう言ったはずだったが、その言葉はもう声にはならなかった。
恭平はその事実を俺に伝えた時、俺に悪かったと頭を下げた。
俺は自分の好きなやつのことで頭がいっぱいで、翔子の気持ちをないがしろにしてしまった。英司の大事な人なのに、沢山傷つけた。
本当にごめんと何度も何度も頭を下げた。
俺はそれを聞いて「もういいよ、大丈夫だから」と恭平に言った。逆の立場だったら俺も同じことをしたかもしれない。いや、十中八九していただろう。そんな相手に怒れるはずなんてなかった。
全ての事実を知った上で、俺は最後に恭平に聞いた。
「恭平、恭平が今こうしてここにいるのはさ、心残りっていうのがあるわけだろ?それが今の話なのか?」
恭平は半分はそうで、半分は違うと言った。
「俺はみんなと一緒に卒業式を迎えたかったんだ。伝えたいことを全部伝えて、みんなと笑って卒業したかった。未練なんておどろおどろしいものではなくて、これは多分、神様がくれたボーナスタイムなんだって思ってる。」
恭平はそういうと生前と変わらぬ笑顔でニッと笑った。
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