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一.
――雪とともに思い出すその姿。どこからともなく聞こえてくる、横笛の音色。
「……待って、待って」
彼がそう呼びとめても、影はそのまま、白い景色にとけていった。少年は、ぼう、と薄目のまま吐息をはく。雪の結晶が、じんわりととけていった。
◇
「おはよう」
パチパチと火が音を立てる囲炉裏の前、少年セナツがまっさきに聞いたのはその四文字だった。
むくり、と起き上がる。かけられていた布団にも似た布が僅かに動いた。反対側にいるセナツの母親ハルセは、いつものことのように藁で草履をあんでいた。
「お母さん……」
「待ってって言ってたよ、また」
おかしそうに彼女が笑う。つられて、ごめん、とセナツも苦笑いを浮かべた。前から、よく寝言をいうようになったと聞かされていたからだ。
齢十二歳ほどの彼は、布を適当に畳むと母親の仕事を手伝おうと彼女の横に並んで座った。
時は西暦一八〇四年、江戸時代。とある山の麓でセナツは母親とつつましやかに暮らしていた。
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