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三.
翌朝、起きたセナツは、まだ寝ているハルセを置いて、家の外へと出た。今日も天気は晴れだが、やはり寒い。
「……あれ?」
ひらり、とひとつ何かが視界をゆっくりと遮った。白いものだ。すぐに目でおいかけたが、消えてしまった。
「……今の、なんだったんだろう」
ハルセは正体を知っているだろうか。しかし、彼女は寝ているのだから聞けない。
「おや、セナツ」
「え……、ユキさん!」
お昼頃に来ると言っていたユキが、もう家の近くまで来ていたようだった。彼女は、昨日と同じ髪型と服装をしている。
「早く来てしまってごめんねぇ」
「いえ……あ、でも、謝らないといけないことがあって」
「あら、そうなの?」
「……お母さんに、昨日、言ったんです。お父さんが帰ってくるよって。そしたら、すごく怒って……」
落ち込んだ様子で話すセナツをみたユキは、困ったように眉尻を下げて、しかし微笑みながら頭を優しくなでた。
「わかった、わかった。アキナは帰らないほうがいいみたいだね」
「お父さん、近くにいるの?」
「いいえ。私は様子を見に来ただけだから、ここにはいないよ」
「……じゃあ、おいらだけでもお父さんに会うってのは、できないのか……」
本格的に落ち込んでしまったセナツのそばで、ユキがしゃがみこんだ。目線を合わせるように、二人は互いの顔を見る。
「泣かないで。セナツは約束を守ろうとしてくれたのでしょう」
「でも、お母さんは……お父さんは帰ってくるわけないって」
「だから私が会おうってはなしたんじゃないか。約束は、私がアキナを連れてくる、セナツは私とハルセを会わせる。そうだろう」
「……なら、おいらも、約束守れる?」
「そうだよ。話してくれてありがとう、これで分かったから」
一体何が分かったというのだろうか。セナツには分からないが、ユキはすべて理解しているようだった。
「だけどね、セナツ。ひとつだけ協力してほしいことがあるの」
「なんですか?」
「ハルセを家の外へ連れ出しておくれ」
その言葉に、セナツは首を傾げた。外に出る必要があるとは思えないからだった。
「家の中、ユキさんも入っていいんだよ」
「ありがたいけれどね、外で話したいのさ。どうかな、できる?」
ユキがそういうのなら、仕方ない。セナツは、おずおずとうなずいた。
◇
「セナツ、朝からどこ行ってたんだい?」
帰宅すると、ハルセは起きていて、味噌汁を作っているところだった。
「祠の掃除だよ。今日はいつもより寒いから、凍ったりしてないか心配で……」
それとなく理由を作る。ハルセは呆れたようにため息をついた。
「雪が降らないんだから凍るわけないだろう。まったく、昨日から様子がおかしいんだから……」
ぶつぶつとそう愚痴をこぼしながら、鍋の中をかき混ぜる。
「その、雪って、どんな形しているの?」
「見たことないから知らないよ。ただまぁ……、白いとは聞いたことあるね」
先程一瞬視界に映った、白いもの。もしかしてあれは雪だったのだろうか。
「おいら、雪を見たかも」
「え? 何を馬鹿なことを――」
「本当だよ、さっき、外に出たら何かが上から落ちてきて」
「この村は雪が降らないんだよ、昔から言ってきたろう!」
ハルセの大声に、セナツは口をつぐんだ。
こんなふうに言い合いになることなど、今までなかった。きっかけはそう、雪だ。雪であり、ユキだ。セナツは、そんなことには気づくはずもない。
「……なら、お母さんも外に出て、見てみてよ。ほら」
「……仕方ないね」
セナツに促されたハルセは、火をけすと、セナツと共に草履を履いて外へと出る。
「なんだ、雪なんて降ってないじゃないか」
「さっき見たんだよ」
「もういいよ。さあ、早く朝ごはんにしよう」
ハルセはセナツのいうことに取り合おうとせず、踵を返す。が、すぐに立ち止まった。扉の前に、ユキが立っていた。
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