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ランニング
「じゃあ、待っているわね」
運転席に座るエリは申し訳なさそうに言った。彼女の役目はここまで。
「大丈夫です」
「すぐに戻ります」
タキトとアイナはその辺を散歩に行くように手を振って青い線を越えると走り出した。
「静かね」
「ああ。いい空気だ」
二人は良い感想とも皮肉ともとれる会話をしながら幹線道路を進んでいた。相手が救助を求めてきたのだから急がなくては。車を使えば確実に早いが、どこかの道が通れなくなっている可能性もあるし、エンジン音でゾンビを引き寄せてしまうのでこの区域には入れない。
それでも、二人は呼吸を乱す事無く寂れた無人の光景を楽しんでいる。数年前まではこの道を無数の車が放置されていたが、片付け終えた今は補給品を運ぶ自衛隊の輸送路として難なく走れるここは排気ガスもなければ騒音もないので、二人の発言もあながち間違っていない。
このまま何もなければ良いと思いたくなるがそうはいかない。
目的地の建物が見えてきた。街道沿いにある大型のレンタルビデオ店だ。すると、タキトは軽く鼻をひくつかせて足を止めた。彼の行動にアイナも足を止めた。ほぼ同時に伏せると周囲を探る。
「いるの?」
「ああ。数は多くないな」
彼はドブと発酵肥料を混ぜたような臭いに鼻を覆った。
「・・・・・右側ね」
アイナが指さした先から、『ずっ・・・ずっ・・・』と重いものを引きずる音が聞こえてきた。
道路を、猫背状態の人影が横切る。歩く死者、ゾンビだ。
男か女かもわからないくらいに髪が崩れ、どんな服だったのかもわからない。靴は底が抜ける手前まで痛んでいる。半開きの口、枯れた木の葉のような色の皮膚、瞳はガラス玉のような虚ろ状態。
そして、手にはスマホ。もちろん、機能してない。骨がむき出しの親指で汚れた画面をいじっている。死んだ認識がないまま、歩きスマホを続けてきたのだろう。
歩きスマホのゾンビは正面の二人に気付かないまま、脳天にタキトの握るスコップが振り下ろされた。スコップの刃はかろうじて形状を保っていた半腐乱状態の頭蓋骨に喰い込むと、赤紫のゼリー状の血を割れ目から噴いた死者はようやく本当の死を迎えると手にしていたスマホを落とした。
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