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『梟』は遮蔽物にまぎれ、最後まで残った部下の背後から襲ってきた――サバイバルナイフを振りかざして。
奴はもともと三日月刀での暗殺を得意にしていたテロリストだった。
部下は羽交い締めにされて一瞬で喉を裂かれた。
俺は倒れこんできた男を床に横たえた。
その隙に『梟』が音もなく飛びかかってくる。
刃が光った。とっさに小銃で受け止めたが、相手は大男だ。重みを受け止めきれず、もんどり打って転がると、『梟』はこちらにのしかかり、めったやたらにナイフを握った手で殴りつけてきた。
何発かその打撃を食らった。目の前で火花が散り、額を血が伝う。
反転して攻撃をはずし、起き上がりざま相手のみぞおちを狙って思いきり蹴り飛ばすと、はずみで小銃が腕を抜けて飛んでいった。
『梟』は自らを戦士と呼ぶだけあって、あいかわらず一つ一つの攻撃が重かった。
しかもまるで自分の身体の一部のように刃を扱う。
腰に隠し持った銃で反撃したかったが、昨晩からここまでずっと戦い通しだった疲労が重く肩にのしかかって、防戦一方になった。
頬のすぐ横をナイフがかする。相手の動きに余裕が見える。
このままではやられる。なんでもいい、なにか使えそうなものはないか。
非常灯のぼんやりした青い灯りの中、周囲を見回すと、試作機のアンテナが目に入った。
あれは。組み上げ前の支柱が三本、アンテナ脇に転がっている。
ぎりぎり届くか。手をさし伸ばし、支柱を取って剣のように構えると、
「逃がさんぞっ、ファンロン!」
『梟』がすぐそこまで迫ってきた。
とっさにアンテナを投げつけて視界を奪う。
相手が怯んだ隙に左腕でナイフを持った手を打ち払い、深く踏みこんだ。
よし、間合いに入った。力のかぎり鋼材を相手の脇腹につきたてると、肉を突き通す、たしかな手応えがあった。
奴は獣のような叫び声を上げ、ナイフを振り下ろしてきた。
その刃を間一髪かわし、全力で走って液晶パネル板の影に飛びこんだ。
「グエン・ヴァン・ファンロン、なぜだ」
『梟』は大声で吼えた。なぜおまえは恐怖にも誘惑にも屈しない。何度倒してもまた、立ち返ってくる、と。
「……俺が、おまえの死神だからだ」
腰からようやく拳銃を抜き、言葉を返した。
殴られた反動で、まだ少し視界が揺れている。このブレを戻さなくては、撃てない。
「なんだと――」
「『梟』、おまえはこの中央管制棟でまたあの悪魔のウィルスをばらまくつもりだったろう。しかしその計画は失敗した。どうして失敗したのか理由を教えてやる」
ソマリアで使われた際の初代対抗ワクチンには致命的な欠陥があった。出血を止めて感染させないことにまず主眼がおかれ、身体を内側から破壊する炎症をなおざりにしたからだ。
「しかしあのバイドアの惨事後、八脚神馬の参謀長官は科学部隊から有能な人材を引き抜き、作戦本部につけた。そして一からワクチンを作り直したんだ。また、このISSOMも巨大な科学施設だった……」
「つまり対処は初めから万全だったとでも、いいたいのか」
奴が腹から鋼材を抜き、床に捨てる音がした。
「そうだ。同じ轍は二度と踏まない。おまえたちの兵器入手ルートも資金源も暗躍した人間が誰なのかも、俺はすべて把握している」
静かに目を閉じる。深く息を吐く。かすかにざりざりと床を踏みしめる音。
来る。左だ。
そのまま腕だけパネルから出して撃つと、獣が咆哮するような声が上がった。
しかし直後、狙い澄ましたようにサバイバルナイフの刃がパネルを押し破り、さしこまれる。
肩に激痛が走り、俺はうめいて拳銃を握りしめた。これだけは取り落とすわけにいかない。
――殺気がくる。
液晶パネルを蹴り上げて、『梟』がふたたび組みついてきた。
相手はレスリング競技者のような体格だ。まともにやったら勝ち目はない。
低い体勢からさっきの脇腹へ強烈な蹴りを加え、なんとか距離を取る。
奴はふんばって立っていたが、腹と右太ももを庇っているのは明らかだった。銃弾が命中したのだ。
「ファンロン。ハオユーには騙されたが、それでもやはり俺は貴様が欲しいっ。何度も言っている、貴様は俺の同志だ! こちらがわにつけ!」
『梟』が叫ぶ。声が周辺の壁に反響する。
「なんのためにそこまでして闘う? 正義か。愛国心か。そんなものが貴様にないことくらい、俺はとっくに知っているぞ!」
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