13 闇の中で

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(フクロウ)』は遮蔽物(しゃへいぶつ)にまぎれ、最後まで残った部下の背後から襲ってきた――サバイバルナイフを振りかざして。 奴はもともと三日月刀での暗殺を得意にしていたテロリストだった。 部下は羽交(はが)()めにされて一瞬で(のど)を裂かれた。 俺は倒れこんできた男を床に横たえた。 その隙に『(フクロウ)』が音もなく飛びかかってくる。 刃が光った。とっさに小銃で受け止めたが、相手は大男だ。重みを受け止めきれず、もんどり打って転がると、『(フクロウ)』はこちらにのしかかり、めったやたらにナイフを(にぎ)った手で(なぐ)りつけてきた。 何発かその打撃を食らった。目の前で火花が散り、(ひたい)を血が伝う。 反転して攻撃をはずし、起き上がりざま相手のみぞおちを(ねら)って思いきり()り飛ばすと、はずみで小銃が腕を抜けて飛んでいった。 『(フクロウ)』は(みずか)らを戦士と呼ぶだけあって、あいかわらず一つ一つの攻撃が重かった。 しかもまるで自分の身体の一部のように刃を扱う。 腰に(かく)し持った銃で反撃したかったが、昨晩からここまでずっと戦い通しだった疲労が重く肩にのしかかって、防戦一方になった。 (ほお)のすぐ横をナイフがかする。相手の動きに余裕が見える。 このままではやられる。なんでもいい、なにか使えそうなものはないか。 非常灯のぼんやりした青い灯りの中、周囲を見回すと、試作機のアンテナが目に入った。 あれは。組み上げ前の支柱が三本、アンテナ脇に転がっている。 ぎりぎり届くか。手をさし伸ばし、支柱を取って剣のように(かま)えると、 「逃がさんぞっ、ファンロン!」 『(フクロウ)』がすぐそこまで迫ってきた。 とっさにアンテナを投げつけて視界を(うば)う。 相手が(ひる)んだ(すき)に左腕でナイフを持った手を打ち払い、深く()みこんだ。 よし、間合いに入った。力のかぎり鋼材を相手の脇腹につきたてると、肉を突き通す、たしかな手応えがあった。 奴は(けもの)のような叫び声を上げ、ナイフを振り下ろしてきた。 その刃を間一髪かわし、全力で走って液晶パネル板の影に飛びこんだ。 「グエン・ヴァン・ファンロン、なぜだ」 『(フクロウ)』は大声で()えた。なぜおまえは恐怖にも誘惑にも(くっ)しない。何度倒してもまた、立ち返ってくる、と。 「……俺が、おまえの死神だからだ」 腰からようやく拳銃を抜き、言葉を返した。 (なぐ)られた反動で、まだ少し視界が揺れている。このブレを戻さなくては、撃てない。 「なんだと――」 「『(フクロウ)』、おまえはこの中央管制棟(セントラルコントロールタワー)でまたあの悪魔のウィルスをばらまくつもりだったろう。しかしその計画は失敗した。どうして失敗したのか理由を教えてやる」 ソマリアで使われた(さい)の初代対抗ワクチンには致命的な欠陥があった。出血を止めて感染させないことにまず主眼がおかれ、身体を内側から破壊する炎症をなおざりにしたからだ。 「しかしあのバイドアの惨事(さんじ)後、八脚神馬(スレイプニル)の参謀長官は科学部隊から有能な人材を引き抜き、作戦本部につけた。そして一からワクチンを作り直したんだ。また、このISSOMも巨大な科学施設だった……」 「つまり対処は初めから万全(ばんぜん)だったとでも、いいたいのか」 奴が腹から鋼材を抜き、床に捨てる音がした。 「そうだ。同じ(てつ)は二度と()まない。おまえたちの兵器入手ルートも資金源も暗躍した人間が誰なのかも、俺はすべて把握(はあく)している」 静かに目を閉じる。深く息を吐く。かすかにざりざりと床を()みしめる音。 来る。左だ。 そのまま腕だけパネルから出して撃つと、(けもの)咆哮(ほうこう)するような声が上がった。 しかし直後、(ねら)い澄ましたようにサバイバルナイフの刃がパネルを押し(やぶ)り、さしこまれる。 肩に激痛が走り、俺はうめいて拳銃を握りしめた。これだけは取り落とすわけにいかない。 ――殺気がくる。 液晶パネルを蹴り上げて、『(フクロウ)』がふたたび組みついてきた。 相手はレスリング競技者のような体格だ。まともにやったら勝ち目はない。 低い体勢からさっきの脇腹へ強烈な()りを加え、なんとか距離を取る。 奴はふんばって立っていたが、腹と右太ももを庇っているのは明らかだった。銃弾が命中したのだ。 「ファンロン。ハオユーには(だま)されたが、それでもやはり俺は貴様が欲しいっ。何度も言っている、貴様は俺の同志だ! こちらがわにつけ!」 『(フクロウ)』が叫ぶ。声が周辺の壁に反響する。 「なんのためにそこまでして(たたか)う? 正義か。愛国心か。そんなものが貴様にないことくらい、俺はとっくに知っているぞ!」
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