13 闇の中で

3/6
前へ
/63ページ
次へ
ファンロン、貴様がいくら戦果をあげてもUNF直属になれない本当の理由を知っているぞ、と『(フクロウ)』は言った。 「英才。神に選ばれし子供。特別なガキが能力を強化されて至高の(うつわ)となった、それが貴様だ。ロシアは貴様を八脚神馬(スレイプニル)に貸し出しはしても、絶対に手放さない。なぜなら貴様という存在自体が、国の戦略的財産だからだ」 「やめろ、それ以上言うな!」 すると『(フクロウ)』は勝ち誇ったように笑った。 「そのたぐいまれなる頭脳に身体能力、そして『(サギ)』が食指を動かされるほどの容姿……、貴様はまちがいなく神に選ばれし戦士だ」 おまえが流すその汗と血は、真に価値ある(いくさ)にこそ(ささ)げるべきだと男は両手を広げる。 「百年、千年たとうとも、歴史はくり返す。民はいまだ権力の奴隷(どれい)だ。今や地球の資源は枯渇し、世界規模に拡大した異常気象が、多くの(しゅ)を絶滅に追いやっている。このままでは地球は滅びるぞ?」 「黙れ」 「なあ、もう百年以上前からわかっていた話じゃないか。だが権力者はいつの時代もそうだったように、いまだ自己の利益しか考えない。ファンロン、貴様も人生すべてを搾取(さくしゅ)されている国家の一奴隷にすぎない。それが、なぜわからない!」 人類は宇宙に出た。ここは新天地だ、と『(フクロウ)』は朗々(ろうろう)と声を(ひび)かせて叫ぶ。 「見ろ。ここはまっさらな、まだ地球のどの既存(きそん)勢力にも毒されていない大地だ。ここに強く美しい理想の国を造れるのは、古く(けが)れた()しき者たちではない。(きよ)い新しき神の使者たちだぞ。これは聖戦なのだ。さあ立て、戦士よ!」 俺は動かなかった。 戦士か。言い()て妙じゃないか。 三日月刀を振り回して神を信奉し、容赦(ようしゃ)なく人の首を切って回る。 こいつはどう考えても生まれてくる時代をまちがえたのだ。今が二十二世紀じゃなく古代か中世であれば、あるいは歴史に名を残せたかもしれない。犯罪者としてではなく。 「――ご大層(たいそう)な演説は、それで終わりか」 「なにっ」 「他の人間は(だま)せても、俺には無理だ。かつてバイドアでもおまえは同じことを言ったが、実際にやったのはなんだ? ただ大勢の人の命を(うば)っただけだ……」 「あの時とはちがうぞ、ファンロン。我らは宇宙で自由な国を建国しようというのだから」 「そして宙域を支配したら、次は宇宙から地球を生物兵器で(ねら)()ちするのか? そうやって恐怖で世界を統一するつもりなんだろう」 あいにくだったな、と苦く笑い、銃口を『(フクロウ)』にむけた。まだどこかに余裕をのこしたその双眸(そうぼう)へ。 「恐怖だけじゃ、人は支配できない」 「ああ、それなら心得ている。安心しろ、飴と鞭は使い分けるつもりだ」 男は役者のように情感をこめて手をさしのばしてみせた。なあファンロン、おまえには飴のほうを任せたい。皆がおまえをありがたがって敬服し、進んで服従する。悪い話じゃないと思うが。 「言っておくが、そうやっていくら時間(かせ)ぎしても、ここに双頭鷲(ドッペルアドラー)の増援は来ないぞ」 「なんだと。なぜ貴様がそのことを」 「おまえの仲間は八脚神馬(スレイプニル)との極秘取引に応じた。『(フクロウ)』をここで見捨てれば、今後、地球での裏権益が一部黙認されることになる」 『(フクロウ)』は目を見開いた。 「同志たちが、俺を売るはずがない――」 「では待ってみろ。もうだいぶ時間をすぎたはずだ。中国人傭兵(ようへい)諜報(ちょうほう)力は、おまえも脅威(きょうい)に感じていたはずだが」 「馬鹿な。俺は英雄だ。選ばれし戦士だ」 『(フクロウ)』はあえいだ。 その目に初めて(あせ)りの色が浮かんだ。 「……ファンロン。これはすべて、貴様が仕組(しく)んだことなのか」 「いや。すべてじゃない」 だが俺を復讐(ふくしゅう)の鬼に変えたのはおまえだ、というと『(フクロウ)』は突然、狂ったようにわめきだした。 「神よ、審判の時がきた! いいかファンロン、よく覚えておけ。戦士の死は神の意志による。貴様じゃ俺の魂までは殺せない。我が死は神の国の(いしずえ)となり、永遠に世の記憶に残り、賞賛(しょうさん)されるだろう!」 「……いや、人の死に意味は無い」 「なにをっ」 「死はただの無だ」 「戯言(ざれごと)を。選ばれし者の死は、特別なのだ――」 『(フクロウ)』は笑ったようだった。 その手が胸元に伸び、なにかを(さぐ)ろうとした。 この後に及んでまだなにかを企てる気か。その刹那(せつな)、この心を支配したのは怒りだけだった。 こんな奴一人のために、いったいどれくらいの人生が(うば)われた。 白い狂気が()き上がり、身体を包みこんでいく。 やはり、こいつだけは(ゆる)すことができない、どうしても。 「『(フクロウ)』。おまえは、何世紀も前に存在した人間たちの、怨念(おんねん)に毒された亡霊だ。過去の闇を、未来に持ちこむな――」 考える間もなく、指が引き金を引いた。 一発。二発。三発。奴の身体から次々に鮮血がほとばしる。 四発。五発。六発。もう急所は撃ちつくしたのに、死んでいった部下たちの顔が浮かんで、指がどうにも止まらない。 男は機械人形みたいに身体をねじりながら、ゆっくりと仰向(あおむ)けに倒れこんだ。 その次の瞬間だった、耳をつんざく大音響が建物を揺らしたのは。 鼓膜(こまく)を突き(やぶ)るような爆発音――なにが、起きた?! 『(フクロウ)』がなにかをしでかしたのだ、という直感があった。 だが目視することはできなかった。爆風と熱波が部屋を(おそ)った。 身体が浮き上がる。広い空間の(はし)から(はし)まで飛ばされた。 「……っ!」 避けきれない。床に容赦(ようしゃ)ない力でたたきつけられる。まるで巨人に()みつぶされた(あり)のように。 それから天井が(くず)れてきて下敷きになり……その先は記憶がない。 と、ふたたび声が問うてきた。 ――なるほど、『(フクロウ)』との顛末(てんまつ)はよくわかった。だけど君の記憶は本当に、それだけなのか? 他になにか覚えていることは。 一体この声の主は誰なんだ、と暗闇の中でいらだつ。 まるでうるさい(ハエ)みたいだ。 だが思い出せ、と声はしつこく要求してくる。頭痛がまた一層(いっそう)ひどくなった。
/63ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加