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ファンロン、貴様がいくら戦果をあげてもUNF直属になれない本当の理由を知っているぞ、と『梟』は言った。
「英才。神に選ばれし子供。特別なガキが能力を強化されて至高の器となった、それが貴様だ。ロシアは貴様を八脚神馬に貸し出しはしても、絶対に手放さない。なぜなら貴様という存在自体が、国の戦略的財産だからだ」
「やめろ、それ以上言うな!」
すると『梟』は勝ち誇ったように笑った。
「そのたぐいまれなる頭脳に身体能力、そして『鷺』が食指を動かされるほどの容姿……、貴様はまちがいなく神に選ばれし戦士だ」
おまえが流すその汗と血は、真に価値ある戦にこそ捧げるべきだと男は両手を広げる。
「百年、千年たとうとも、歴史はくり返す。民はいまだ権力の奴隷だ。今や地球の資源は枯渇し、世界規模に拡大した異常気象が、多くの種を絶滅に追いやっている。このままでは地球は滅びるぞ?」
「黙れ」
「なあ、もう百年以上前からわかっていた話じゃないか。だが権力者はいつの時代もそうだったように、いまだ自己の利益しか考えない。ファンロン、貴様も人生すべてを搾取されている国家の一奴隷にすぎない。それが、なぜわからない!」
人類は宇宙に出た。ここは新天地だ、と『梟』は朗々と声を響かせて叫ぶ。
「見ろ。ここはまっさらな、まだ地球のどの既存勢力にも毒されていない大地だ。ここに強く美しい理想の国を造れるのは、古く汚れた悪しき者たちではない。清い新しき神の使者たちだぞ。これは聖戦なのだ。さあ立て、戦士よ!」
俺は動かなかった。
戦士か。言い得て妙じゃないか。
三日月刀を振り回して神を信奉し、容赦なく人の首を切って回る。
こいつはどう考えても生まれてくる時代をまちがえたのだ。今が二十二世紀じゃなく古代か中世であれば、あるいは歴史に名を残せたかもしれない。犯罪者としてではなく。
「――ご大層な演説は、それで終わりか」
「なにっ」
「他の人間は騙せても、俺には無理だ。かつてバイドアでもおまえは同じことを言ったが、実際にやったのはなんだ? ただ大勢の人の命を奪っただけだ……」
「あの時とはちがうぞ、ファンロン。我らは宇宙で自由な国を建国しようというのだから」
「そして宙域を支配したら、次は宇宙から地球を生物兵器で狙い撃ちするのか? そうやって恐怖で世界を統一するつもりなんだろう」
あいにくだったな、と苦く笑い、銃口を『梟』にむけた。まだどこかに余裕をのこしたその双眸へ。
「恐怖だけじゃ、人は支配できない」
「ああ、それなら心得ている。安心しろ、飴と鞭は使い分けるつもりだ」
男は役者のように情感をこめて手をさしのばしてみせた。なあファンロン、おまえには飴のほうを任せたい。皆がおまえをありがたがって敬服し、進んで服従する。悪い話じゃないと思うが。
「言っておくが、そうやっていくら時間稼ぎしても、ここに双頭鷲の増援は来ないぞ」
「なんだと。なぜ貴様がそのことを」
「おまえの仲間は八脚神馬との極秘取引に応じた。『梟』をここで見捨てれば、今後、地球での裏権益が一部黙認されることになる」
『梟』は目を見開いた。
「同志たちが、俺を売るはずがない――」
「では待ってみろ。もうだいぶ時間をすぎたはずだ。中国人傭兵の諜報力は、おまえも脅威に感じていたはずだが」
「馬鹿な。俺は英雄だ。選ばれし戦士だ」
『梟』はあえいだ。
その目に初めて焦りの色が浮かんだ。
「……ファンロン。これはすべて、貴様が仕組んだことなのか」
「いや。すべてじゃない」
だが俺を復讐の鬼に変えたのはおまえだ、というと『梟』は突然、狂ったようにわめきだした。
「神よ、審判の時がきた! いいかファンロン、よく覚えておけ。戦士の死は神の意志による。貴様じゃ俺の魂までは殺せない。我が死は神の国の礎となり、永遠に世の記憶に残り、賞賛されるだろう!」
「……いや、人の死に意味は無い」
「なにをっ」
「死はただの無だ」
「戯言を。選ばれし者の死は、特別なのだ――」
『梟』は笑ったようだった。
その手が胸元に伸び、なにかを探ろうとした。
この後に及んでまだなにかを企てる気か。その刹那、この心を支配したのは怒りだけだった。
こんな奴一人のために、いったいどれくらいの人生が奪われた。
白い狂気が湧き上がり、身体を包みこんでいく。
やはり、こいつだけは許すことができない、どうしても。
「『梟』。おまえは、何世紀も前に存在した人間たちの、怨念に毒された亡霊だ。過去の闇を、未来に持ちこむな――」
考える間もなく、指が引き金を引いた。
一発。二発。三発。奴の身体から次々に鮮血がほとばしる。
四発。五発。六発。もう急所は撃ちつくしたのに、死んでいった部下たちの顔が浮かんで、指がどうにも止まらない。
男は機械人形みたいに身体をねじりながら、ゆっくりと仰向けに倒れこんだ。
その次の瞬間だった、耳をつんざく大音響が建物を揺らしたのは。
鼓膜を突き破るような爆発音――なにが、起きた?!
『梟』がなにかをしでかしたのだ、という直感があった。
だが目視することはできなかった。爆風と熱波が部屋を襲った。
身体が浮き上がる。広い空間の端から端まで飛ばされた。
「……っ!」
避けきれない。床に容赦ない力でたたきつけられる。まるで巨人に踏みつぶされた蟻のように。
それから天井が崩れてきて下敷きになり……その先は記憶がない。
と、ふたたび声が問うてきた。
――なるほど、『梟』との顛末はよくわかった。だけど君の記憶は本当に、それだけなのか? 他になにか覚えていることは。
一体この声の主は誰なんだ、と暗闇の中でいらだつ。
まるでうるさい蝿みたいだ。
だが思い出せ、と声はしつこく要求してくる。頭痛がまた一層ひどくなった。
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