13 闇の中で

6/6
前へ
/63ページ
次へ
すると声は急に息せき切って話し始めた。 ――なんだって、僕がわかるのかファンロン? なら伝えたいことが山ほど有る。どうか聞いてくれ。 そう言ってオリビエは、とつとつと黄龍(おれ)の身体を回収しにきた時の状況を話し出した。 ISSOMに突っこんだ船が爆発した顛末(てんまつ)。 勝手知ったる中央管制棟(セントラルコントロールタワー)には緊急シャッターが降りてまだ空気があったこと。 今は宙域にある救急艇(きゅうきゅうてい)にいて、俺の第七頸椎(けいつい)に埋めこまれた器具と、医療機器とをつないで意思疎通(そつう)(はか)っていること。 ようやくそれで納得した。 ようするに俺は出血多量、致命傷を受けて昏睡(こんすい)状態にあり、身体はぎりぎりの延命治療中だったわけだ。 オリビエは教授からすべてを聞いたと言った。 黄龍の()い立ちや経歴、アルバトフ研究所が人体実験まがいの(かせ)をつけたこと、今回の八脚神馬(スレイプニル)極秘任務まで。 まったくおしゃべりな老人め。余計(よけい)な話までつらつらと。 ――黄龍、水くさいじゃないかっ。 どうして前に一言、僕に有機デバイスを強制装着されたって言わなかったんだ。 君が白人種を(きら)ってるのは知ってた。だけど、そんなに白人は信用ならないのか。 僕が僕でもダメか? 声は怒りのあまり、すすり泣いているようだった。 ――『サーヴィカル・システム』は脳や神経を損傷(そんしょう)する恐れがあるし、なによりプライバシーを多大に侵害している。 僕の国じゃ、今や国際法で規制するための議論がさかんに行われてるんだぞ。 俺はまだ延々(えんえん)と続きそうな医師の文句をさえぎった。 すまない、オリビエ。 悪いが、なんだかさっきから意識がじょじょに薄れてきている。 おまえの愚痴(ぐち)をこれ以上聞いてやれる余裕はなさそうだ。 だから先に、必要なことだけ伝えておく。いいか。 ISSOMのデータはいくら探しても、俺の頸椎(けいつい)にはないぞ、と切り出す。 いやしかし、教授はたしかに君の体内デバイスにデータチップの情報を移したと話していた、とオリビエがまた説明し始めたので、 ちがう、探せ。 奥歯の中だ。 俺が体内に保有するデバイスは一つじゃなく二つなんだ。 (にぶ)い痛みを(うった)える頭を押さえながら、慎重(しんちょう)に言葉を選んだ。 いいか、奥歯の中に、一本だけ義歯があるはずだ。 義歯と言ってもIP細胞から造られた、神経もつながっている代物(シロモノ)だから、本物と識別(しきべつ)するのはむずかしい。 しかしそれは頸椎(けいつい)のデバイスとも連動しているから、ちゃんと調べればわかるはずだ。 今から暗証番号を五種ほど伝える、反応を見てみろ。 その屈辱(くつじょく)(かせ)こそが、幼い日にこの身体が否応なく装着された、もう一つの有機デバイス――英才データ集積装置だった。 義歯はいわば巨大容量のドライブレコーダーみたいなものだ。 被験者は英才教育にかかる費用を免除される代わりに、死ぬまで脳波や身体機能を義歯で測定され続ける。 そのデータは頸椎(けいつい)の『サーヴィカル・システム』で研究所へ定期的に提出する。 そうやって英才と呼ばれる人間たちの経験値を蓄積(ちくせき)し、次世代の人工知能開発に生かすのが、あの研究所の存在意義なのだ。 『ファンロン、君のデータは随一(ずいいち)だ。本当にすばらしい。(ほこ)りに思いたまえ、君は今、大いなる人類の進化と発展に貢献(こうけん)している』 これまで俺の人生は、すべてスペツナズのーーあの研究所の斡旋(あっせん)ありきだった。 宇宙飛行士育成プログラム履修も、ソマリアへの派遣も。 乾いた気持ちのまま、それもまた良しだと思っていた。 この欺瞞(ぎまん)に満ちた人生で、他にしたいことはなく、守りたいものもなかったからだ。 だがこの()しき(かせ)に、まさかこんな、有益な使い道を見出す日が来るとは。 ISSOMの全データを、俺の体内に埋め込まれた(かせ)移植(コピー)して国連軍のしかるべき部署に提出する。 生まれて初めて、本当に人の役に立ったような気がした。 笑って、最後の気力を振り(しぼ)る。 おそらくこれが気の良い医者の友への最後の伝達になるだろう。 なあオリビエ。 そのくだらない歯から、どんな記憶を引き出してくれてもかまわない。 だが、(たの)むから天音との思い出だけは(うば)わないでくれ。 これから旅立つ(ところ)へ、わずかな光の記憶くらいはつれて行きたいんだ――。 終わることに恐怖は感じない。 皆、いずれはこうして身体を手放していく。 (こた)える声が聞こえたが、なにを言ったのか理解はできなかった。 オリビエ、悪いな。もう限界だ。今はただ眠りたい。眠らせてくれ。 それから……世界は、無明(むみょう)の闇に包まれた。
/63ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加