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粘り気のある黄金色の液体を壺から杓で掬い上げ、杯に注いだ。壺の底を見ると随分と減っていた。
明日補充することを頭の片隅に置きながら、椅子にどっかりと腰を下ろす。やはり、少し値段は張ったが良い椅子を買って良かった。このずんぐりとした身体の全体重を預けて半年近く、なのに軋んだりもしていない。それに高さも良い。人間用やエルフ用の椅子を買うとドワーフの身長に合わせて脚を切る必要があり、そうすると脚の高さが均一にならず、バランスが悪くなるのだ。その点、この椅子は元からドワーフ用だから自分の高さに元々あっていて、座り心地が良い。
工芸の得意なドワーフはこういった身の回りの家具などは自作するのが殆どで、それ故に既製品でドワーフ用のものが売っていることは非常に稀だ。実際、買った日に売っていた椅子はこの一脚だけだった。
俺はドワーフの中でも手先はかなり不器用だから、こういう品が売っていると非常に助かる。むろん種族柄、最低限の家具を作るくらいはできるのだが、できることとしたいことというのは往々にして別だ。更に最近は仕事の方が忙しいこともあり、最近は既製品で済ませることが多い。
蜂蜜酒をちびちびと舐める、痺れる甘さが酔いと共に舌に染みる。そろそろ客人の来る頃合だろうから、あまり飲み過ぎるのも良くない。ランプを手元に近づけ、予め用意しておいた書物の頁を捲りながら、緩やかな時間を過ごす。
「なんだ、先生って家でも真面目なんだ」
「――フィーフィー、勝手に入って来て、人を観察するな」
「へへ、ごめんなさい」
一人の獣人が物陰からひょいと現れた。ランプに照らされ、彼女の体表を覆う毛が星を零したように銀色に輝く。
「ねえねえ、急に話しかけられて驚いた?」
「驚いていない、これっぽっちも」
ふーん、と言いつつ彼女はにやにや笑いを浮かべて上機嫌だ。これだから獣人の中でも、猫人は苦手だ。勘が鋭く嘘がつきにくい。彼女が客人として家に来るのは初めてのことだが、想定していた通りの騒がしさだ。
「それで、夜にわざわざ来てまで相談したいことって何だ」
「まあまあ慌てなさんな。そうだ、何の本を読んでいたの?」
フィーフィーは俺の読んでいた書物を横あいから覗き込んだ。
「わ、これブリジブック卿の英雄譚だ」
「知っているのか」
「知っているも何も。ギルドの女の子で読んでいない子の方が少ないよ。王都に行く用事がある人は必ず書店に寄って、新作があれば買うって皆で約束しているくらい」
そう言って彼女はまじまじと背表紙を見る。
「でも、こんな本出ていたっけ」
「まだ販売はしてないぞ、次の夏至祭頃に出すのだと」
彼女は毛を逆立てて飛び上がった。
「何で先生が未発表の新作を持っているの!?」
「夜にそんな大きな声を出すんじゃない」
身を乗り出して俺を見つめる女を宥めながら、手に入れた経緯を話す。
「ブリジブック卿と知り合いだからな。販売前に内容について意見を聞きたいんだと」
「知り合いって、どんな?」
「彼女は俺の教え子の一人だ」
ああ、昔の女って奴だ、と彼女は笑う。獣人の特徴である尖った乱杭歯が口端から覗く。
「でもいいなぁ、先に新作を読めるなんて」
ちらちらと物言いたげな視線を送ってくるが無視を決め込む。すると観念した様にフィーフィーは縋り付いてきた。
「お願いヤマジロ先生、私にもその本貸して、読ませてぇ」
「だめだ、誰にも読ませるなって約束だ」
「誰にも言わないから、おーねーがーいー」
「いだだだ、爪が、爪が食い込んでいるから離せっ」
興奮で爛々と目を輝かせている彼女を何とか引き剥がす。その弾みで絡まった顎髭が何本か抜けて痛い。
「わかった、貸してやる」
「え、本当っ?」
「ただし誰にも読んでいるところを見られるなよ。そして読み終わったらすぐに返すこと、いいな」
頭が取れるばかりに首を縦に振る彼女に本を手渡す。受け取ってその触感を存分に確かめた後、愛おしげに胸に抱き寄せ、微笑んだ。
「ありがとう、先生」
「どういたしまして」
その笑顔に何だか俺は気恥ずかしくなる。その気持ちを隠す様に杯に口をつけたが、既に中身は空だった。そんな様子を見られてまた弄られるのではないかと思ったが、フィーフィーは手に持つ本に夢中な様だ。
「でも、先生がブリジブック卿の本を読むなんて、本当に意外」
「言っただろう、知り合いの作品だから読んでいるだけだって」
「それはそうだけど。でもあの人の英雄譚って、でろでろで甘々のラブロマンスじゃん。いくら頼まれたからって、先生が読むなんて」
言いながら彼女は再び俺の顔をまじまじと見る。その視線を振り払うように立ち上がり、酒を注ぎ直す。
「言われなくても、ドワーフがラブロマンスを読むなんて、悪い冗談だと自分でも思っているさ」
「別に悪いとは思っていないよ。むしろ可愛い」
「かわっ?」
思わず素っ頓狂な声が出て振り返ると、彼女はにやにやと笑みを浮かべていた。またからかわれたのだと気づき、俺は深く、深くため息をつく。
「何も用事がないんだったら、その本を持ってとっとと帰れ」
「そんな怒らないでよ。お昼に言ったように、先生に相談したいことがあるんだからさ」
「だから、それを早く――」
言いかけた言葉を途中で飲み込む。
彼女は壁にもたれながら足をぷらぷらとさせて、何気ない様子を見せている。しかし、その雰囲気はどことなく儚くて、今夜の彼女は明らかに無理をしていることがわかった。考えてみれば、いつもより多めの冗談、大げさなリアクション。初めて家に来たから浮足立っているのだと最初は思っていたが。
この年頃の少女というのは溌剌として、自由気ままのようでいても、どこか危うい。
「蜂蜜酒、お前も飲むか」
「ううん、要らない」
こういう時に気の利いた言葉一つ出ない辺り、自分の種族らしくて思わず苦笑してしまう。ラブロマンスを読んで、手先が不器用でも、実際のところ俺は平々凡々としたドワーフには変わりないのだ。酒に頼らなければ大した会話一つもできない。
俺は再び椅子に座り、何事もないかの様に話を続ける。
「フィーフィー、そういえばお前は今後どうやって生きていくつもりだ」
「どうしたの、急に」
不意な俺の話の振り方に、彼女は不思議そうな声を上げる。怪訝な眼差しも気にせず、俺は話を続ける。
「今日のクエスト、お前は殆ど一人であれこれ采配して、達成しただろう。俺のサポート付きで依頼を引き受けるのもそろそろ終わりになるはずだ」
「つまり、卒業ってこと?」
「そうだな、一通りのカリキュラムは以前に終わっているし、今のお前なら独り立ちして、何事もそつなくこなせるだろう」
ギルドで仕事を受ける冒険者に必要なのは何より強さだと思われがちだが、実際は食糧調達や、備品の管理、同行する他メンバーや依頼者との円滑な意思疎通等、周辺業務を処理する能力も同じくらい求められる場面が多い。彼女はそのどの点でも優れていた。持ち前の明るさの他、意外にも慎重で几帳面な性格で、冒険者としての適性が非常に高い。
「卒業かー、思ったより早いもんだね」
「お前は優等生だからな。普通だと三年以上かかるところ、二年少しで終わらせられるなんて、大したもんだ」
「ふっふ、もっと褒めてくれて良いんだよ、先生」
「まあ俺の教え方が良かったんだな」
俺は適当にあしらいつつ、彼女の様子を観察する。緊張が解れてきたのか、先ほどまでの消えそうな危うさはないようで、少し安心する。
「それで、卒業した後はどうするんだ。大多数の卒業生のように、このギルドでフリーランスに活動するのも良し、ここで培ったスキルを持って王都で近衛兵をするでも良し。むろん、安全に暮らしたいと言うのであれば役人という手もある。少し勉強はしないとだがな」
「色々道はあるんだね」
「ある程度はな。それで、まだ決めていなかったりするのか」
「ううん、もう決めているよ」
「ほう、何をするんだ」
俺の問いに、彼女は少し息を整えて、それからはっきり言った。
「私はね、女優になりたい。歌って踊って。皆の目を奪う役者」
「――女優、ねぇ」
俺は目を閉じて、少しその言葉を反芻する。
「あれ、あまり驚いてないね」
「いや、驚いているさ。だがまあ、何となく冒険者を続けたいわけではないってのは薄々勘付いていたがな」
俺は腕を組み、鼻から息を押し出すようにして唸る。
「しかし役者か。どっかの旅劇団に入って、身銭を稼ぐというのか」
役者や演奏家という職業のこの世界での立場は低い。長らく戦争が続いていた関係で文化はまだまだ未熟な状況だ。
「役者が舞台に立つだけで食える世相じゃないぞ。王都で公演を打てる劇団でも、パトロンからの支援でどうにか打てている状況らしいし」
「それは知っているよ。楽な道じゃないことくらい」
「特に駆け出しだと雑用から何から全部やらされて、舞台に立つのはずっと先だ。そして少し名が売れ出しても、太い客の愛妾にでもならないと、いずれ路地裏に打ち棄てられる泡沫の稼業だ」
そう脅したところ彼女の瞳はぶれない。むろん不安はあるのだろうが、それを跳ね返すだけの光をその銀色の瞳に宿している。
「私は負けないよ。だってずっと夢だったから」
彼女は噛み締めるように語る。
「私はね、先生。自分のしたいことを誰かに伝えることが昔とても苦手だったの。だから正しいことをして、真面目なことをして。それさえしていれば良いと思っていた。普通であること、健全であること。でも実は、そういうことに隠れて逃げていただけだったって、『こっち』に来てから気づいたの。だから、今度は逃げたくない」
フィーフィーは己の手を見つめ、ぎゅうと握りしめる。見えない何かを掴み止めるかのように。
「先生、ありがとう心配してくれて。さっき教え方が良かったって冗談で言っていたでしょ。でもそれ、本当だと思うよ」
「止めてくれ、あまり大人をからかい過ぎるな」
「ううん、これは本当――って言っても、信じてくれないか。でも伝えさせて」
彼女は一拍を置いて、それから俺をじっと見つめて語り掛ける。
「いつも私たちのことを見てくれてありがとう、助けてくれてありがとう。私たちが死なないように見守っていてくれて、ありがとう。育ててくれて、考えてくれてありがとう。ヤマジロ先生は自分が先生に向いていないっていつも言うけど、私はそうは思わないよ」
彼女は俺を見ている。彼女はこの寂しい家に落ちてきた一筋の星のようだった。彼女のこれから生きる道がこれからも輝いて、まるで流れ星の跡のようになることを、俺は想像した。
「先生、何か言ってよ。恥ずかしいんだからさ」
「自分で言ったのに、恥ずかしがるなよ」
そうやって茶化すことで精いっぱいだった。相手の心を動かすこと、その挙動を綺麗だと思わせることが役者の素質だとしたら、彼女にはそれが間違いなくある、と俺はひりひりと感じた。
「とにかく、あれだ。俺は一応この仕事を長く続けてきた、所謂ベテランだ。教え子の中には、王都に拠点を置く劇団関係者も少なからずいる。卒業したらそこで働けるように当たってやる」
彼女は何を言われているか、すぐにはわからないようで目を白黒させている。
「あと、冒険者稼業も暫くは兼業しろ。金は何より大事だし、冒険者というのは色々な方面に顔が売れる。それにお前の強さは折り紙付きだ。舞台女優である上に強いというキャラクターは貴重な個性だ。それをむざむざ捨てるな」
「先生、応援してくれるの」
彼女はようやく言葉を発した。俺は少し言葉に詰まる。
「まあ――そうだな。教え子の中から人生の落伍者が出ると、俺の沽券に関わるし」
そこまで言うと、視界が灰色に覆われた。
暫くしてそれがフィーフィーの体毛だと気づく。彼女の色々ともふもふした部分が顔を覆って平静を保てなくなる。
「ありがとう、先生っ」
「わかった、わかったから離れろっ」
引き剥がした後、どっと疲れが溜まった。
「ただし、お前のやる気が中途半端だったら即刻ギルドに強制送還させて、みっちり性根を叩き直すからな」
「オッケー、安心してよ先生」
向かいの少女は耳をぴこぴこと動かして、いかにも嬉しいといった表情を浮かべていた。
「今夜、相談したかったのはこのことか?」
「あー、いや。これも関係しているんだけど、本当に話したかったのは別のこと。もしかしたら、こっちはもっと先生驚くかもしれない」
彼女は気まずそうに目を横にそらし、耳を畳む。
「勘弁してくれ。俺もそこそこに良い歳なんだ。あんまり心臓に負担をかけたくない」
俺は両手をひらひらと動かし、降参のポーズを取る。そんな動作に彼女は笑う。
「先生、『転生者』というのがこの世界にはいるんだよね」
「ああ、そんなことは知っているよ」
ごく稀に現れる特殊な存在。神の気まぐれによって別の世界より『抽出』された者達のことを『転生者』と一般に呼ばれている。先の大戦で活躍し、英雄と呼ばれる人々の中にも少なからずその『転生者』がおり、今も国政に力を有している。
「『転生者』は他の人々に対して二つ異なる点があるんだよね。一つは前世の記憶を有していること、そしてもう一つは何かしら、卓越した能力を一つ有していること」
「それも知っている。というか俺が教えてやったことだろ」
俺の反応に満足げに頷いてから、銀色の猫はしなやかに腰をひねり、俺に顔を近づける。ひそひそと囁く。
「私の場合はね、残っている記憶は『地球での平凡な女子高生生活』で、与えられた能力は『対象の動きを予測し対応できる程の観察力と反射神経』」
「それって」
「そう。実は私、『転生者』なんだよ」
彼女の囁き声は、まるで糖蜜のように怪しげな響きで、耳に残り続ける。
まさか、そんな。
「――そんなこと、今更言っているのか?」
「へ?」
先ほどまでの神秘的な声音と違い、フィーフィーは素っ頓狂な声を上げる。
「今更って、どういうこと?」
「なんだ、他の連中は本当に気づいていないのか。随分とお前の場合は運が良いな」
俺はぐびりと蜂蜜酒を煽った。その後、向かいの少し残念な猫人に話す。
「十五人、この数字が何かわかるか?」
俺は彼女の答えを待たずに話を続ける。
「俺がこれまでに出会った『転生者』の数だ。この教官稼業を数十年と続けていると、毎回一、二年に一人は『転生者』に出くわす。皆決まりでもあるのか、冒険者ギルドに入りたがるんだよな。そしてこれも決まったように頭角をめきめきと現す。本人が望んでか、それとも不本意ながらかといったバリエーションはあるが。ちょうどお前みたいに」
フィーフィーは固まったまま何も反応できないでいる。まあ良い、と俺は話を続ける。
「最初のうちはそんな奴らの正体を聞くと驚いたもんだ。だが、五人目を超えた辺りから慣れてくるんだよな。そして、こいつは『転生者』だなって言うのも段々わかってくる。行動の端々が違うというか、少しうざったいというか」
「うざったい?」
「ああ。何というか問題がある時などに、『私の世界でもこんなことあったな』みたいな訳知り顔をしたり、『こんなこと、全然凄くないですよ』という風に装って革新的な知識を披露したり。後は前世での習慣をこっちに持ち込んできたりというのもある。言っておくが、オーケーサインとかこの世界にないからな」
一つ例を挙げる度、彼女は何か見えない重荷を背負っているかのようにテーブルに沈んでいく。今はその額は杯の縁よりも低い所にあった。
「つまり何というか、自分が特別であることを気にしていない感を出しながら、実際はその面を出しているところが鼻につくんだよな」
「すみません、もうやめてください」
彼女は地の底から響くような声で懇願する。
「だから、お前が『転生者』だってことは察していたし、それに対して思うことは何もない。『転生者』は神話や英雄譚の中にいる存在ではなく、ドワーフとか獣人と同じ、単なる性質の一つだけだ」
「そんな先生の物分かりの良さに、喜んでいいのやら、悲しんだらよいのやら」
彼女は顔を上げる、額の部分の毛にぺったりとテーブルの後が残っていた。
「こんなんだったら私、気負っていたのが馬鹿みたいじゃん」
「そもそも、何で俺にそのことを打ち明けようと思ったんだ?」
そう問いかける俺を、彼女は恨めし気に見上げる。
「先生って変わり者だからさ。もしかしたら私と同じなのかなって」
「同じ『転生者』ってことか?」
彼女は唸りながら頷く。
「お前、さっき自分の卓越した能力は観察力って言っていたけど、今度からそれはあまり人に言わない方が良いぞ」
「うるさい。そんな哀れんだ目で見るなぁ」
彼女はがっくりと肩を落として、あらゆる身体の力を失ってしまったかのように萎んだ。
「まあ、相手が俺だったから良かったが、他の人に『転生者』であることは言うなよ。変に利用されたりすることもあるし、場合によっては頭がおかしいやつだと思われかねない」
「言ってないよう、先生だけ。だから滅茶苦茶緊張したんだし」
「それなら良いが。心配しなくても、お前がもう少し大人になったら他の『転生者』を紹介してやるよ。そしたら心行くまで前世の話でもすればよい」
例えばさっきご執心だったブリジブック卿も『転生者』だと知ったら、こいつはどんな反応をするのだろう。そう思って彼女を見ると、何やら瞳を閉じて沈黙していた。
「おーい、フィーフィーさん?」
「――け」
「け?」
小さな声で何かを言ったようで、聞き返す。
「お酒っ!」
耳を突き刺すような声に、頭の中が揺らされる。音を立ててテーブルを叩きながら彼女は上体を起こした。
「先生、お酒を頂戴!」
「さっきは飲まないって言っていたじゃないか」
「ううん、いいの。むしゃくしゃして、飲まないとやってられないよ」
「おっさん臭い発言だな」
俺は苦笑しながら、彼女の為の杯を持ってくる。
「それに、今日は何か特別な夜だから。こういう時はお酒を飲むのでしょう?」
「まあ、そうかもしれないが」
「でも気を付けてね、先生」
彼女は再び悪戯娘のような表情を浮かべて、ぺろりと舌を出す。
「私って、酔うと本当に手をつけられないからね」
「おいおい、そんな話聞いてないぞ」
「私にお酒を勧めたからには、覚悟してよ」
銀色の星は機嫌よさげに笑う。彼女の輝きが眩しくて、俺は少し目を伏せた。
俺は君たちとは違う。何物も持っていない、この世界しか知らないんだ。君たちの話を聞いても想像するだけ。土の中で生き続けるモグラが、空を自由に飛び回る鳥に憧れるように。
――彼女には先ほど一つ、嘘をついた。俺は心の中で彼女に懺悔をする。
大戦が終わった後でも、『転生者』であることは依然として大きな意味を持つ。その存在を利用しようとするもの、忌み嫌い排除しようという者。なまじ戦場での彼らの活躍が大きかったからこそ、人々はその存在を無視できなくなってしまった。
彼らと関わりを持つことは非常に危険だ。俺が十六人もの転生者と交流があることについて、他の人に知られることがあれば、職どころか身の安全まで失いかねない。
でも、せめて今夜は彼らの勇気ある告白に祝杯を挙げたかった。光を受けて輝く彼らの羽を見上げたかった。彼らが悪意ある枝葉に絡まることのないよう祈り、見守り続ける為に。例えそれで俺の目が日光に焼かれることがあっても。
俺たちは杯を掲げた。
「それでは、喧しくて、空回りしがちな名女優フィーフィーの始まりの一歩に」
「不器用でラブロマンスが好きな、可愛いドワーフさんのこれからの素敵な日々に」
乾杯、と俺たちは声を合わせた。二つの杯を近づけ、陶器を重ねた硬い音が響く。
様々な不安と、負担と、不甲斐なさを混ぜ合わせた様々な言葉。でもそんなものはどうぞ蜂蜜酒に溶かして飲んで。代わりに上機嫌の鼻歌を肴に、楽しい今夜だけは。
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