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「初めてまして」
「いや違う」
本社社員の有月風谷が、わたしの挨拶をいきなり否定した。
は? 何、こいつ。
浮かばせていた愛想笑いを、わたしは思わず吹っ飛ばした。
どっちが名前で苗字かわからん奴が何ほざいている? 眉をひそめた。
わたしがこんなにも好戦的な気持ちになったのは、有月が、敢えて呼び捨てにしよう有月が、あまりにも目映い美青年だったからだ。
東京在住のわたしはもちろん電車内、徒歩中にしばしば麗しい人々を見かけている。
その人々を押し退けるように、綺羅綺羅しいのだ。それはもう、胡散臭いほどに。
傍に居たくない、近づきたくない。結婚詐欺師ではないかと思うくらいに眉目秀麗だ。その他大勢、モブ要員のわたしの目が痛くなる。……さて。
で、話を元に戻そう。
「わたし、有月さんとどこかでお会いしましたでしょうか」
無礼なほど慇懃に尋ねる。
「このビル内に入る手前で会っている」
わたしと十歳も違わないだろう偉丈夫が、見下ろしてきた。
「落としましたよと、紙を拾って渡してくれた。助かった」
偉そうに、礼を言った。
「ああ」
そういえば小さな紙片を拾った。
落とす人を見たので拾って渡した。
俯き気味で渡していた。背の高い男性を斜め後方からしか見ていなかった。頭付近などまるで見ていない。
こいつだったのか。
だがそれならそれで、初めてと言ったら、先ほどはありがとうとか、助かりましたと言えばいい。
いきなりの否定は人間としていかがなものか。これから世話になる本社社員だから言い返しはしないが、本社社員でなくても、言い返したりしないチキンなわたしだが。
チキンなので
「何か御用でしょうか」
話を先に進める。
「迎えに来た」
「……はい?」
もう少し、話の骨に肉をくっつけて伝えてもらえると助かる。誰と誰をどこに連れて行く予定だと教えてくれ。
迎えに来た。
かぐや姫を月に連れて行くお迎え。
そんな言い方に聞こえる。
「出島さん。連れ出して構いませんか。彼女でしかできない後処理があれば、済む頃にうかがいます」
「ああ構いませんよ。どうぞ、連れて行ってください」
どうやら元上司になりそうな現上司が、わたしを売り飛ばす勢いで承諾した。
「では、吉井咲来さん。私物を持って一緒に来てください」
「えっ。私物を」
「あなたは今すぐ、配置転換します」
「本社に行くんですか」
「我が社は大きい。数多の場所に支店、営業所があります。適材適所。あなた向きのところをお願いしたい」
「あの、それはどちらに」
ってか。
わたしは事務職ではなくなるのか?
部屋を出て行く大きな背中を問答無用でわたしは追いかけることになった。上品で、高そうなスーツが似合っている。
なぜか悔しいと思いながら。
早足で着いていった。
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