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「では、探し人の情報を頂けますか。」
老婆が落ち着いたのを見計らって、金田は切り出した。老婆は少し言いにくそうに話し始めた。
「探してほしい人は、その、70年前にいなくなってしまった人なんです。名前は佐藤庄吉さんと言います。」
老婆の口が止まる。そのまま時計の秒針の音だけが部屋に響く。
「えっと、それだけですか。」
時計の針が30秒を刻む頃、金田は耐えきれずに切り出す。老婆は先程以上に言いにくそうに答える。
「はい。お恥ずかしい話ですが、私は若い頃に遭った事故の後遺症で、数年前まで一部の記憶を失っていたんです。」
「その一部の記憶というのが探し人の記憶ですか。」
金田の問いに、老婆は静かに頷く。
「ですので、いついなくなってしまったのか、そのときあの人がどんな姿だったのかも知りません。そもそも…」
「今、生きているのかすらも。」
金田はその先を老婆に言わせるのは酷だと感じたので先回りして口をはさんだ。老婆はまた静かに頷く。
「記憶を失っているとは言え、私はあの人に酷い仕打ちをしました。一言でいいのです、あの人に謝りたい。」
老婆はそう言うと、また静かに目頭を押さえた。
「お婆ちゃんは、ああ言っていますけど、本当はありがとうを言いたいんじゃないかと思うんです。」
帰りの車の中、女性は金田にそう言った。返事をしたところで金にはならないと思ったので、金田は黙ったまま窓の外の景色を眺めている。
「昔、お婆ちゃんが話してくれたんです。庄吉さんのこと。いつもとなりにいてくれて、何か困ったときはすぐに助けてくれたんだって。その話を聞いて、きっとお婆ちゃんが記憶を失ったあとでも、庄吉さんはお婆ちゃんを見守り続けていたんじゃないかって思うんです。」
車が信号で停まる。
「お婆ちゃんもきっとそう思っていると思うんです。だから、あんな無茶なお礼も用意して、あなたのところにお願いしたんだと思います。」
信号機はまだ赤く灯っている。女性がぐるりと後部座席に座る金田に上半身を向ける。その目は強い意志を宿していた。
「なので、もし悪いことを考えているのなら、今すぐ断ってください。お婆ちゃんのことを悲しませたら、私許しませんから。」
金田はチラリとその強い目を見て、「努力するよ」と気怠そうに答えた。
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