2:調査

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2:調査

 依頼を受けてから2週間が経過した。  探し人の依頼は、予想していた通り難航していた。まともな情報が名前だけなのに加え、70年前となると聞き込みも碌にできない。たとえ金田が天賦の才を持っていたとしても、奇跡でも起きない限り不可能な状況だった。そのため、金田は『最終手段』の準備を進め始めた。 「お久しぶりです。お時間を作っていただきありがとうござます。」  金田は依頼主である老婆の屋敷を訪れていた。 「いえいえ、手掛かりは掴めましたか。」 「いえ、お恥ずかしながら、まだ掴めていません。なので、改めて手掛かりとなる情報を頂ければと思いお伺いしました。」  金田が言っていることは、前半の手掛かりがつかめていないことは本当であり、後半の訪問理由は嘘だった。金田は探すことを諦め、探し人をでっちあげることを決めた。今日の訪問は、そのための情報を得るためだった。  金田は、探し人の生年月日、好きな食べ物や色、老婆を何と呼んでいたのかなど、騙すための情報を聞き出していった。そして最後に最も知っておくべきことを聞いた。 「あなたは庄吉さんに、どのような酷いことをしたのですか。」  この内容は知っておかなければ、いざ再会させたときに矛盾が生じてしまう。老婆の古傷を抉るような質問であるが、しなければならない質問であった。これまで金田の質問に即座に答えていた老婆の口が止まる。目を伏せ、震える口で呟いた。 「あの人を拒絶しました。私は事故に遭い1週間ほど意識を失っていたのです。その1週間はあの人にとって長い時間だったのでしょう。私が意識を失っている間、ずっと見守っていてくれていたのでしょう。私が目覚めたとき、あの人は目の前に居て、涙ながらに私を抱きしめてくれました。」  老婆の口が止まった。唇の震えから、この先を話したくないことが伝わってくる。それでも老婆は言葉を続けた。 「そのときには私は既にあの人の記憶を失っており、知らない男性が急に抱きしめてきたと思ってしまったのです。事故の記憶もすぐに頭の中に蘇りました。私はすぐに混乱してしまったのです。」 「お婆さん、少し休憩を…」  老婆の息はフーッフーッと荒くなっていた。金田は一度落ち着かせるために話を遮ろうとしたが、老婆の口は止まらなかった。 「私は彼を腕で押しのけました。手元にあるもの全てを彼に投げつけました。居なくなってくれと何度も叫びました。」  老婆の目から涙がこぼれた。 「彼のそのときの顔が忘れられないのです。許されなくてもいい、もう一度会ってあの時のことを謝りたいのです!」  老婆は涙ながらにそう叫んだ。 「今日のこと、私は許しませんからね。」  女性は恨めしそうな表情で金田を睨みつける。金田はその視線をまっすぐ受け止める。 「すまない。」  金田は素っ気なくそれだけ言うと、くるりと女性に背中を向けて駅の改札に足を進めた。老婆の古傷を抉ったこと、老婆を騙そうと考えていたこと。その2つのことに対して謝罪した金田の目には、これまでの探偵人生で一度もなかった光を宿していた。
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