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二人の間には沈黙が続いていた。お爺さんが無言で金田の隣を通り、ベッドに腰掛ける。
「会って、もらえませんか。」
沈黙を破ったのは、金田だった。
「無理だ。私にはそんな資格はない。」
お爺さんは首を横に振りながら、寂しそうに答えた。
「なぜですか、彼女はあなたに会いたがっています。それ以上の資格がどこにあるのですか。」
「私はな、あの人が結婚するのを見届けてから消えた。『彼女は幸せを手にした。もう自分は必要ない。自分の存在が彼女の幸せの邪魔になる。』そう自分に言い聞かせてな。
しかし歳を重ねるにつれて、私はただ逃げただけなのだと気が付いた。自分を拒絶する彼女から、その現実から逃げただけなのだと。そんな私が今更どんな顔で彼女と会えばいいのだ。」
お爺さんは苦しそうに声を絞り出した。お爺さんは70年間苦しみ続けてきたことが、その声からよくわかった。だからこそ、金田はそんなお爺さんを見て、静かに告げた。
「お爺ちゃん。私が探偵を始めた理由をご存知ですか。」
「それは才能があったからだろう。」
質問の意図が掴めず、お爺さんは不思議そうな目で金田を見た。
「それもあります。あとはお金を稼ぎやすく、お爺ちゃんへ恩返しが出来ると思ったからです。」
金田には物心ついたときから身寄りがなかった。そんな金田を引き取り育てたのがお爺さんだった。お爺さんの恩返しのためにお金を稼ぎたい。それが、金田がお金に執着する理由だった。
「そしてもう一つあります。それはお爺ちゃんがたまに見せる悲しい顔、その原因を私の手で見つけ出したかったからです。」
時折お爺さんは遠くを見つめることがあった。そのときのお爺さんはとても悲しそうで、そして何かを諦めたような顔をしていた。幼いころからそれに気付いていた金田は何もできない自分を呪っていた。
だから探偵になったときに、金田はいつかお爺さんの悲しい顔の理由を調べたい、そして解決してあげたいと願っていた。それは、金田が今まで恥ずかしくて、お爺さんには言うことができなかった理由だった。
「お爺さんが悲しい顔をするのは、そのことを後悔しているからではないですか。また会いたいと思っているからではないですか。」
金田はお爺さんをまっすぐに見つめて、さらに告げる。
「もし、お爺ちゃんが会いたいと思っているのなら、私は依頼とは関係なく2人に会ってほしいです。お爺ちゃんの本当の笑顔を見たいです。」
金田の強い目をお爺さんは直視できずに目をそらした。そして静かに溜め息をつき、目を伏せると、絞り出すように言った。
「わかった。会おう。いや会わせてくれ。ただ、少し心の準備をする時間をくれ。」
その言葉を聞き、金田は目に薄っすらと涙を浮かべながら頷いた。
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