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部室に傘を忘れたと気がついたのは、玄関のガラス扉の前だった。もし取りに戻ったら、祥太先輩が車で送って行くと言うだろう——花音先輩と一緒に。
私はひとつ溜息をついて、ガラス越しに外を眺めた。外灯でぼんやりと明るいエントランスポーチには、ぱたぱたと雨が垂れ落ちている。
さて、どうしよう。
戻りたくはないけれど、かといって、いつまでもここにいては先輩達が来てしまう……
即、諦めた。
大学のすぐ斜め向かいにあるコンビニで傘を買おう。
そう決めた瞬間、ガラスに映る向こう側からこちらに歩いてくる男性が目に入った。同じ文芸部の森岡さんだ。彼の右手に2本の傘が握られていることに気がついて、私は思わず振り返った。そのうち白と黒のグラデーションの方の1本は、まさに今、諦めたばかりの私の傘だったから。
「これ、川瀬さんのじゃない?」
森岡さんは右手を軽く上げながらそう尋ねると、続けた。
「送って行くのにって祥太さんが言ってたけど、いいの?」
私はいいんですと答えると、傘を受け取りお礼を言った。
森岡さんはそれ以上何も言わなかった。
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