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 歩きながら、初めて祥太先輩に家まで送って貰ったのもこんな雨の日だったと思い返す。  2部例会中に俄か雨が降り出したその日、たまたま祥太先輩と私の家が近いことが分かって、たまたま花音先輩はいなかった。  決して交通事情が良いとは言えない地方の中核都市だから、仕事を抱える2部学生は申請さえすれば自動車通学が認められていた。祥太先輩もそんな自動車通学の学生の一人で、日中、郊外にある運送会社の配送センターでバイトしていた。いつも早めに大学へ来て、学食で少し早い夕食を食べて、部室で1部文芸部員と話しながらノートパソコンに向かっていた。プロレタリア文学が書けるかもしれないなんて言いながら、推理小説を書いていた。  そんな、先輩の冗談を交えて話す笑顔と、肘をつき眉根を寄せて推敲する真剣な表情のギャップに、私が惹かれ始めた頃のことだった。  知らなかったのだ。  先輩が少しでも長く大学で過ごそうとするのは、1部文芸部員である花音先輩が理由だと。花音先輩が2部の活動時間まで部室でポータブルキーボードを広げているのは、祥太先輩を待っているからだと。  そんなことも知らない私の中で、「帰り道だし送って行くよ」という先輩の親切心から出た言葉は、炭酸水のように泡立っていた。
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