言ってやらない

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 数十分遅れであいつはやってきた。  「いやー、今日さ、町中行く人にちらちら見られたんだけど」 ――言えない。「鼻毛出てるよ」なんて。  「これってもしかして、モテ期ってやつか?」 ――言えない。「社会の窓空いてるよ」なんて。  「ま、俺は万年モテ期だけどな」 ――言えない。「靴が左右で違うよ」なんて。  「それとも今日の俺のファッションがかっこよすぎて見惚れてたのか?」 ――言えない。「柄物に柄物の組み合わせはダサい」なんて。  「さっき綺麗な姉ちゃんに声かけられたんだけど、『俺、ちょっと急いでるんで』って少しお話してから断って来ちゃったんだよね」 ――言ってやらない。「お前、50分遅刻してるよ」って。  「なあ、聞いてるか?」  「うん」  「俺、カッコよくね?」  「……」  「それでさー、」  「遅刻」  「は?」  「どんだけ遅刻してると思ってるんだ?」  「50分?」  「よくわかってるじゃねえか。」  「?ああ」  「お前、鼻毛出てるし、ズボンからパンツがこんにちわしてるし、だいたいお前のパンツのセンスなに?幼児か?こんな車の柄のパンツなんてどこに売ってるんだ?ユニク○か?靴左右別の履いてるし、お前の目は節穴か?それがかっこいいと思ってるんなら、相当センスないし。そもそもチェック柄のズボンに迷彩柄のシャツって(笑)。どういうこと?そもそも、遅刻だよ、遅・刻。カッコつける余裕があるならもっと急いで来いよ。いつも思ってたけど、ダサいんだよ、全部。」  奴は目を皿のように丸くして、頬を林檎のように真っ赤に染めた。  この後起こったことは何も言えない。
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