第二章

34/38
前へ
/100ページ
次へ
 意図的に照明を落とさなかった寝室だったが、その明かりは淡く、煩わしさは感じさせない。  もはや装う必要もないコンタクトを外した銀色の眸は絶え間ない愛撫に濡れて、艶冶な光を零している。  組の建家でいったん灯されていながら無理矢理消さざるを得なかった快楽の余熱は、いともたやすく二人の身体を奔らせ、狂わせる。  一ヶ月ぶりの逢瀬であることもそれに拍車を掛けていた。  どれだけ縺れ合っても、足りなかった。 「あ……あ……」  剥ぎ取るように互いにスーツを脱ぎ去ってから、どれだけの時間が経ったか判らない。肌の隅々まで、気が遠くなるほど各務の唇と舌先に弄ばれ続け、流夏は限界が近くなっていた。胸元を揺蕩ってはこちらの反応を堪能する各務の髪に指を通し、もどかしさを訴えても、すかさず深い口付けで宥められてしまう。  重なった腰から、抱き締められる逞しい胸板から男の熱がこちらへと伝わり、抑え切れない欲情の昂ぶりへと移されて行く。  脇腹を通って足の付け根へと滑り降りた各務の掌に、流夏は首を振った。  ただの物理的な悦楽だけではなく、この男しか知らない、この男にしか許していない、己の躯の最奥まで満たされたかった。一刻も早く。  それが伝わったのか、ローションを乗せた指がゆっくりと差し入れられ、緊張を解き始めた。敏感な箇所をたちまちに探り当てられた青年の唇から、軽い悲鳴が上がる。  狡猾な指は決して急くことなく、悶えを引き出すように緩慢な動作を繰り返してはすぐに逸れる。  操られる一方の焦燥に、流夏の理性は崩壊する寸前まで追い詰められてしまった。 「皓……はやく……」  肌理の細かい肌に汗を浮かべ、肩を捩って嘆き、一心に求める声のか細さ。  男は薄い唇に一瞬笑みを走らせると、細い腰と背中の後ろに腕を通すなり軽々と起き上がらせ、己は逆に背中をシーツに預けて横たわる。  力の入らない銀色の眸が困惑気味に各務を見下ろし、その意図が理性に届くと、項の辺りまで羞恥で染まった。取られた体勢に消極を掻き立てられない訳ではなかったが欲望には勝てず、流夏は緩やかに腰を落とすと、各務の鍛え上げられた腹筋に両手を突いて身体を支え、息を整える。  瞬間、背筋を鋭く貫かれる動きが全身に伝わり、背筋を反らした。  暗闇の中であればともかく、照明の下では己の姿態も何もかも男の視野には露で、恥ずかしくて堪らないというのに、その姿を見つめられていることが更に身体を煽り、潜んでいた情欲を曝け出して行くのは何故なのか。  自ら愉悦を手繰り寄せようとすればするほど、心身を灼く男の熱も昂ぶりを帯びて行くのがはっきりと感じ取れ、流夏はいつしか我を忘れていた。 「ああ、皓……もっと、……」  自分だけでなく各務の方から深く嬲られるたびに背筋が震え、四肢に火花が散る。  大きな両の掌に腰をしっかりと掴まれ、互いの精神も身体も境界が判らないほどに融合していることを感じると、喉から喘ぎが迸る。  すぐ傍にある各務の肌、体温、声、男の薫り。  愛しているただ一人の存在に五感全てを使って溺れ、堕ちて行く昏い快楽は底無しの淵のようで、全身が融けたこのままで戻らないのではないかとさえ危惧してしまう。  それでもいい、もっと長く、永遠にこうしていたいのに制御の利かない己の身は男に絡み付いて離さず、そのことで男もまた限界が極まっているのは明白だった。 「流夏――」  一緒に来いと呼び掛けられ、一層強く背筋を貫かれた流夏の意識は白く爆ぜ、悲鳴を上げて頽れた。  低い呻きと共に各務が達したのも、ほぼ同時だった。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

528人が本棚に入れています
本棚に追加