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オンラインRPG「リネージュ」オフ会殺人事件
掘りごたつ形式の、かなり大きな個室。
和風創作料理が載ったテーブルを、俺も含めて四人の男と二人の女が囲んでいた。
今日は、オンラインRPG『リネージュ』のオフ会の日。
今は出席者全員が揃い、それぞれの前に飲み物が置かれたところだ。
時間は十八時を回ったところだが、居酒屋特有の喧騒は不思議なほど耳に入らない。ここにいるメンバーの談笑する声だけが聞こえている。
それだけ今の俺の気持ちは晴れやかなのかもしれない。
全員を見回すと、誰もが笑顔だった。
これから俺に撃ち殺されることになるとも知らずに。
このオフ会は、俺が発起人となって開催されたものだった。
全員がゲーム内で高い知名度を誇っており、プレイヤー代表の立場と言っても過言ではない。
そして全員、普段は他の参加者と交流はない。他人同士に近い関係だった。
所属する血盟(※1)も勢力も異なっているためだ。
「親交を深める良いきっかけになれば」
そう言って俺は誘っていた。
むろん嘘八百である。
こいつらはこのゲームを腐らせている元凶。ぜひとも死んでほしい――
俺は常日頃からそう思っていた。
今日、やっとその願いが叶うことになりそうだ。
楽しみで仕方がない。
そう。
このオフ会の目的は、俺がこの五人をまとめてリアルPK(※2)することにあったのである。
「こうやってゲーム内の有名人が集まる日が来るとはな。でもおれにとってこんなに嬉しいオフ会はない」
豪放な笑いを見せる大柄な青年は、ランキング一位の血盟を率いる人物だ。
リネージュは海外で先にリリースされていたのだが、こいつはそこでプレイをやり込んで仕様を熟知しており、日本版リリース時のスタートダッシュに成功していた。
長らく最難関ダンジョン「傲慢の塔」の上層ボスはこいつらに独占されていて、部外者は排除されていた。
当然プレイヤーの間では嫌われている。
「私、今日のオフが楽しみすぎて、ずっとワクワクしてましたのよ」
そう言った二十代とおぼしき女性は、攻城戦(※3)に参加している中では最大手の血盟の代表者である。
宴会経験が豊富らしく、オフ会の会場をここに決めたのは彼女の強い推薦によるものだ。おかげで店を探す手間は省けたが、そんなことは何の埋め合わせにもならない。
こいつの血盟は主要なエリアの城を長らく占拠し続けており、税率をマックスに設定している。そのおかげで、ゲーム内での買い物が不便になっていた。
当然プレイヤーの間では嫌われている。
「ボクもー。でも昨日はドキドキしすぎて寝られなかった」
この十代前半と思われるボクっ娘は、全プレイヤー中最高LVのキャラを保持していた。
明らかに不登校と思われる圧倒的なプレイ時間や、上場企業の社長という父親の財力で揃えた課金アイテム。それらを武器にトップをひた走っているとされている。
だが性格は酷く、情緒不安定なうえにわがまま。狩場がかぶるとすぐにPKを仕掛けてくるため、こいつがいると狩場を変更せねばならない。
当然プレイヤーの間では嫌われている。
「自分は一昨日までハワイに行っていました。オフに臨む心構えは現地で作ってきましたよ。まあ、少し緊張はしていますが」
この長い茶髪の青年は、ランキング二位の血盟の筆頭プレイヤーとして知られていた。
こいつも家が金持ちらしく、父親が官僚のトップという噂だ。よく自慢げに海外旅行の写真や豪華な料理の写真をSNSにアップしている。
ゲーム内ではマナーを勝手に決めて押し付けてくるプレースタイルで、主要な狩場のほとんどでこいつが決めたローカルルールがまかりとおっていた。
当然プレイヤーの間では嫌われている。
「僕も緊張しなかったと言えば嘘になるけど……。でも今日はきっと素敵な日になる。楽しみだね」
この三十代の一見パッとしない眼鏡男も、大手血盟の有名プレイヤーだ。
もちろん強いキャラを保有はしている。が、彼の有名な理由は使用キャラのスペックというよりも、彼自身の言動のほうにあった。
彼は全体チャット(※4)を頻繁に私的利用する「全チャ厨」である。持論や他血盟批判をダラダラ全体チャットで垂れ流し、プレイヤーを不快な気分にさせてきた。
そしてブログでの評論も極めてウザい。有名プレイヤーを根拠薄弱な理由で批判する炎上系の記事を投下し続け、多くのアクセス数を確保していた。
当然プレイヤーの間では嫌われている。
――さて、と。
俺は立ち上がり、テーブルから離れ、全体が見渡せるところに立った。
事前に知らせていた段取りでは、最初に幹事の俺があいさつをおこない、それからランキング一位血盟の彼に乾杯の音頭をお願いする……ことになっている。
だがこれから実際におこなうのは、あいさつでもなく、乾杯の音頭をお願いすることでもない。
ジャケットに忍ばせた自動拳銃を取り出し、全員を銃殺することである。
この日のために、密かに射撃の練習を積んできた。一発も外さずに全員をあの世に送り込める自信がある。
ここにいる連中はネット人間であるため、リアルで拳銃を見せられて冷静に対処できる者などいないだろう。万一反応できる人間がいたとしても、席は掘りごたつ式。素早く立ち上がることは不可能だ。
誰から撃ち殺そうか?
順番は悩む。
全員優劣をつけがたいほど嫌いだからだ。
だがここで悩めることが楽しい。これ以上ない幸福感がある。
俺は今、世界一幸せな悩みを持つ男だろう。
まあ……拳銃を取り出してから決めることにしようか。
楽しい反応を見せてくれる奴から殺るのもいい。
俺はジャケットのポケットに、手を入れようとした。
だが――。
他の出席者が皆、先に手を動かしていた。
その先は、パーカーのポケット、畳まれた上着のポケット、バッグの中、ジャケットのポケット、リュックの中、さまざまだ。
そして全員が、L字型の黒いものを取り出した。
拳銃である。
その銃口は……すべてが俺のほうを向いた。
――は?
次々と鳴り響く銃声。
腹や胸に鋭い痛みが走ったのは、一瞬だけ。
頭にも強い衝撃を感じるとともに、すぐに痛覚はなくなった。
体が、ゆっくりと後ろに倒れていく。
「驚いたな。おれだけじゃなかったのか。今日こいつを殺すつもりで来たのは」
「私もびっくりですわ。でも今日のオフが決まってから、いろんな人に彼を殺してくれって言われてましたのよね。彼はツイッターで攻城戦をやっている血盟をネチネチとディスり続けていて空気が悪くなってましたので、私もぜひ死んで頂きたいと思ってましたの」
「ボクうまく撃てるかどうかドキドキだったけど、みんなで撃つんなら別にドキドキしなくてもよかったね。こいつ狩場で鬱陶しかったんだよねー。超スッキリした」
「自分も射撃訓練のためにハワイに行っていたのですが……この一斉射撃ではその必要はなかったかもしれません。でもこれで、ゲーム内の空気は確実に良くなりそうですね。彼はマナーが悪いので、オフが決まってから是非リアルPKしてくれという声が絶えませんでしたし」
「僕のところにも、彼のブログがウザいんで黙らせてくれっていうメッセージがいっぱい来てたな。来なくても個人的に嫌いだから撃つつもりだったがね。まあ、珍しく各血盟の足並みが揃ったのはめでたいことでは?」
「めでたいのはいいんだけどよ。これだけ派手な音だと騒ぎにならないか? おれはとっととズラかろうかな」
「ああ、それなら大丈夫ですわ。この店、実は私の実家が経営しておりますの。今日のためにこの部屋だけ一千万円かけて防音仕様にリフォームしてますのよ。音漏れはほとんどないはずですわ」
「すごいー。でも後始末はどうするの? ボクたち捕まっちゃうよね? そこまで考えてなかった」
「それなら心配には及びませんよ。自分の父親は官僚のトップですので、うまくもみ消してもらいます」
「それは心強い。やはり今日は素敵な日になった」
……。
もしかして、俺が一番嫌われていた?
遠のいていく意識の中、最後にそう思った。
享年三十二歳。
- 完 -
―――――――――――――――
【用語解説】
※1 血盟……プレイヤーが集まったチームのこと。
※2 PK……Player Killing。他人のキャラクターを殺す行為。リアルPKは現実世界でのPK、つまり殺人を意味する(犯罪)。
※3 攻城戦……城の争奪戦。リネージュには城が存在し、所有血盟がその地域の税率を設定できる。
※4 全体チャット……全プレイヤーに見えるチャット。
●注意事項
・この物語はフィクションもいいところです。
・本作は二次創作ではなく、公式様とも関係ありません。
・リアルPKは絶対にやってはいけません。もみ消せません。
・実際にはリネージュは腐っていません。歴史のある素晴らしいゲームで、現在も多くのプレイヤーが楽しんでいます。
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