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「……牧、会いに行きましょう、その子に」
「華菜?」
思わぬ言葉に、牧が目を丸くする。会いに行って、どうすると言うのか。
「王女が気に掛ける子供を、討伐なんて出来ないでしょう? 何なら一晩一緒に寝てみて、何ともなければ何ともありませんでしたって報告を上げればいいのよ。牧と、私の連名でね」
言われてみれば、妻は身分だけは高い。前国王の娘だから王女の地位を追われて立太子妃として扱われてもいいはずなのに、というかそちらが正式だろうに、現国王には子がいないことから、その身分を剥奪されずに済んだのだ。
まぁ何を企んでそうなっているのかは、何となく想像できる。牧を殺して未亡人になった華菜に、自分達に都合の良い新しい婿をあてがおうと考えているのだろう。そうすれば、血筋の正当性を指摘されても切り抜けられる。
「成程。それは名案かもなぁ。俺の立太子の地位だって、一般人よりは効果あるだろうし?」
色々権力が使えぬように削り取られているが、まだまだ使えるものはある。
牧は、薄く口角を上げて笑った。
「雅史、先方に連絡してくれ。出来ればすぐに伺いたい、一晩泊めてくれ、とな」
「ちょっ、本気ですか? 牧様。一応未知の能力ですよ? 貴方の記憶がどうにかなってしまったら、この国は唯一の希望を失うことになるんですが?」
「じゃあ見殺しにするか? その子供」
「……そういう問い方は、返答に困るのでやめて頂きたいんですが」
眉根を寄せる雅史を見て、牧が書類のとある一行に指を置いた。
「この記述。一番下の弟が病弱で、1年の半分は寝込んでいる。ということはだ。少なくとも、弟の額に手を当てたことくらいはあるだろう。それで何ともなくて、今回は能力が発動した。たまたまその時に初めて能力が開花した、というわけでなければ、発動するのに何か条件があるんだろう」
「条件?」
華菜が聞き返すと、牧が「そうだ」と頷く。
「例えば太陽の下。草木や花が傍にある場所で額に手を当てないと発動しない、とかな。その条件が揃わないと発動しないなら、その条件下でなければ安全は確保される」
牧の推測に、華菜も雅史も成程と感嘆した。
「西城家の能力者も、条件が揃わないと使い物にならないことがあるって、前に隼人さんから聞いたんだよな。王家を攻めようと思ったら、結構人数減るから大変だってぼやいてたぞ」
西城隼人は、西城家の当主だ。牧と馬が合って、親友のようにやりとりをしている。
「……それで、未だにこの状況でも手を小招いてるわけですか」
「辛いこと言うな、雅史。まぁ西城家が動くと、一応は王家の一員である俺達も責任を取らされるから、自分達の無実の証拠をきっちり固めて作っておかなくちゃならないわけだ。あいつを玉座から引きずり降ろせるだけの、国王としては不適格な説得力ある証拠を集めて準備し終わるまで、手を小招いててもらわなくちゃ、困るんだが」
それはいつ集め終わるんですかと、雅史は心の中で呟いた。
王宮内も国内も、随分と殺伐としてきている。
国王に諫言をして地下牢へと収容され、処刑されてしまった人間も、もはや一人二人ではない。
かと言って、牧を急かしても仕方がないのだ。秘密裏に証拠集めと情報収集をしているため、どうしても時間がかかる。どれだけ牧が正当で一則が不当だとしても、今は一則が国王だ。牧がやろうとしていることは、謀反なのだから慎重にもなる。
「話を戻すが雅史、早急にコンタクトを取ってくれ」
「分かりました。すぐに」
了解して、部屋を後にする。連絡するにも盗聴されていない場所からでないと、一則に先手を打たれかねないからだ。
「あいつが兵を差し向ける前に、動けると良いんだけど。私、これ以上人が傷ついていくのを見るのは嫌だわ」
国民に不安を与えまいと、公では絶対に見せない悲しい顔をして言う華菜に、牧は「そうだな」と同意した。
「少しでも早く、あいつを玉座から引きずり下ろすきっかけと、国王として不適格な証拠を揃えなければ。でないと、この国の将来を背負って立つ子供にだって何をしでかすか分からない」
そうなれば、王家の威信は地に落ちる。いや、もう落ちているかもしれないが、これ以上国民の心が離れることだけは避けなくてはならない。
「その能力を発現した子、どんな子かしらね」
ここ最近、気分が沈みっぱなしだった妻が少しばかりウキウキとして言う。牧は「そうだな」と考える素振りを見せながら、その子供が精神的に追い込まれていなければいいがと、心の奥に懸念をそっと沈めた。
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