退園

2/2

30人が本棚に入れています
本棚に追加
/48ページ
「あ~化け物がいる!!」 「ほんとだ!! あいつ化け物だから、お母さんが近づいちゃダメって言ってた!!」  窓から覗く友達が、口々に覚えた言葉で罵倒(ばとう)する。それはまるで、おぞましい何かの群れのようだ。 「人間じゃないんだって~」 「え~? じゃあ何なの?」 「宇宙人?」 「アンドロイドじゃない?」 「あっぶな~い」 「防衛しないと、UFOに連れ去られるんだぜ」  そう言って、長帚(ながぼうき)雑巾(ぞうきん)、バケツを持ってくる。 「(みな)(もの)~やっつけろ~!!」 「お~!!」  一斉に、子供達がりなに襲い掛かった。  ――お母さんに怪我をさせたら、お父さんに怒られる。  女に怪我をさせるんじゃないぞと、父は口を酸っぱくして息子達に言って聞かせた。将来子供を産む体だから、大事にしなくちゃいけないらしい。  母も、女の子の体に傷なんかつけちゃ駄目よ? 着る服に制約がついちゃうんだから。と良く分からないことを言っていた。  両親は時々、そう言って良く分からないことを子供達に言って聞かせる。意味が分からずに言葉だけ覚える息子達は、「は~い」と返事をしながら、良く分からないけど怪我をさせたら駄目なんだなと理解した。  りなは慌てて母から離れ、駆け出す。 「痛い痛い、そんなので叩かないで」  部屋の中では(らち)()かず、開いていた外へと通じるドアから、上履きのまま飛び出した。すると子供達は更に遠慮がなくなって、持っていたバケツを投げつけ、拾った石や木の実、砂を投げつけた。 「ちょっと、やめなさい!!」  母が慌てて、窓辺から声を張り上げる。  逃げ回っていたりなが、木の根に足を取られてべしゃっと転んだ。  これ幸いと、子供達が寄ってたかってりなを殴り、()りを入れる。りなは頭を両手で抱えて、その場に丸くなった。 「痛い痛い、やめて、殴らないで、()らないで!!」  丸まって、頭を(かば)う。  一昨日まで一緒に遊んでいた友達の豹変(ひょうへん)ぶりに、りなは「どうして?」と心の中で疑問を投げかける。 「痛いよ、やめてっ」  ()られる衝撃に、身体が悲鳴を上げる。 「やめなさい!! 寄ってたかって情けない!! 怪我させたんだから、慰謝料請求するわよ」  母の声が、傍で聞こえた。  ふわりと抱き上げられて、安心する母の香りが鼻腔(びこう)をくすぐる。 「痛いって言ってるでしょ? 私もあんたたちを()るわよ? いいわね?」  そう言うと友達が、「りなのおばさんに()られる」と方々(ほうぼう)に散っていく。 「りな、帰りましょ?」 「お…かあさ……」  ぐすぐすと鼻をすすり、涙をボロボロとこぼす。そんな息子を見て、母は愛しい我が子に笑みを向けた。 「ほら、泣かないの。男の子でしょ?」 「ん…うん……」  次から次へと(あふ)れてくる涙を隠すように、小さな手で母の首に抱きつき、その胸に顔を(うず)める。 「綾がいないと、甘えたなのねぇ」  ふふっと笑いながら、母が歩き出す。  その歩く振動とぬくもりが心地よくて、りなはぎゅっと、抱きつく手に力を込めた。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加