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「でも、こんなところで引退した国民的アイドルに会えるなんて、思わなかったわ」
母親の杏里は子育てで苦労したせいか、当時よりも少し面差しが大人びていた。そのせいか似ている程度にしか周りに思われていないと言う。父親の将也は、「昔は弁当一つ買いに行かせられない使えない女だった」と文句を言って、妻にバシッと叩かれていた。
「事務所の社長が根回しをしているから、彼女の子供だという報道はなされなかった、とはな」
どんなところにも、情報を握り潰せる人というのは存在するらしい。
まぁ、そこにどんな下心があるのかは分からないが。
杏里は、「芸能界に復帰して欲しいみたいで、未だにラブコールがあるんですよ」と笑っていた。きっと、そういう心づもりがあっての助力だろう。事務所にとって彼女は、金の卵を産む大事な人材に違いない。
「まぁ、そういう特殊な仕事に就いていた人だから、俺達にも普通に接してくれたんだろうな」
どうやら華菜と杏里は気が合うようだ。キャッキャと楽しそうに世間話をしていた。
「良いお友達が出来たわね」
華菜が笑って言うと、牧と雅史が複雑な顔をした。
牧も雅史もその意見には同感だったが、今後、どうなるか知れない家族だと思うと心が塞ぐ。
出来る限りは助けたいと思ってはいるが、どこまで助けられるかは分からないのだ。そうなると、何かあった時に華菜が傷付くのが分かるから、あまり深入りして欲しくないともつい思ってしまう。
「何よ、牧も雅史もそんな顔して。私達が助けるためにココに来てるんでしょ? そんな不謹慎な顔しないの。めっ!!」
そう言って、牧と雅史の額をペペンッと叩く。
「まあ、そうなんだけどな。頑張らなくちゃな」
「そうよ、牧。頑張りましょ。牧の王位継承権第1位の立場と、私の王女の立場を有効に使えば、国王ほどは出来ないにしても、多少は色々と権力が使えるんだから」
その言葉に、雅史は考え込むような顔をした。
「しかし、私は博明様ほどは分かりませんが、刑法関係に手を出すことは可能なのですか?」
「それは……」
華菜は考えるより先に、牧を見てどうなの? と目で問うた。
晋槻博明は、王家に代々仕える神官だ。そして、王閣の宰相である。
ただ、現在はお飾りの宰相に過ぎない。国王に煙たがれている上に、足元を掬われるようなヘマをしないので、投獄されていないだけだ。その冴えわたる知略と、一筋縄ではいかない意地の悪い策略を練りまくって、真っ当で善良な政策を、何とか低空飛行でも飛ばし続けている現状だった。
ゆえに、巷では“混迷の世の良心”と称されている。
「博明に聞いたら、法改正はできないけれども、量刑を見直したり、死刑を凍結させたり、諸々の執行を遅らせたりすることは可能だそうだ。だが王がその地位を駆使して俺達の権力をなるべく削ごうと手を打ってくるとなると、出来ることは人権尊重という概念から、死を回避させることのみ。つまり、死を招くような拷問の禁止と中断、死刑を凍結させ執行を阻止することしかないようだ」
「ということは、拷問自体を阻止することは出来ないわけですね?」
「ちょっと待ってよ。それじゃあ捕縛停止とか、釈放とか、そういうことはできないの?」
華菜の言葉に、牧と雅史は暗い顔をして、冷たく肯定する。
「できない」
その断然とした否定に、華菜は牧の二の腕をぐっと掴む。
「そんなっ!! だって将也さんや杏里さんや、あんな小さな架名ちゃんやりなちゃんや綾ちゃんを、牢に入れるって言うのっっ!?」
「俺だって!! できることなら阻止したいさ。だけど、それを指示するのは俺達じゃない、一則なんだぞ?」
悔しそうに握った拳を震わせる牧を見て、華菜の目に涙が溜まり零れ落ちる。そんな妻を見て、牧はそっと抱き寄せた。
なんて無力なんだろう。
王女と傅かれてきたくせに、こんな時に何一つできない。
王家は、国民の安寧な生活を守るのが仕事なのではなかったのだろうか?
「あんな小さな子供まで、牢に入れるの?」
牧の肩口に顔を埋めて泣きじゃくる華菜の背を撫でながら、牧はポツリと呟いた。
「俺だって、あんな小さな子供が牢に入れられるのを黙って見ていたくはないさ。だが、それが無理ならせめて、拷問くらいは阻止出来るよう手を回さねば。雅史」
「はい。秘密裏にではありますが、刑務関係の人間を一部、味方につけてあります。博明様のお知恵もお借りして、何とかそこだけは回避致しましょう」
そして無力さに打ちひしがれながら、3人は明かりを消して、就寝するのだった。
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