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そっとドアを開けて、部屋の中を覗う。
寝静まった薄暗い部屋の中には、規則正しい寝息のみが聞こえた。
カーテン越しに届く月明かりが物の輪郭を浮かび上がらせ、暗さにも濃淡をつけている。
自分の手に握っている包丁がかすかに届く月明かりを受けて、薄くきらりと不気味に光を反射した。
架名は震える手を、ぐっと握りしめる。手汗がじわっと手の平に広がった。
ごくりと、唾を飲み込む。
ドアを人が一人通れる分だけ開けて、滑り込むように部屋に入る。
手前から牧、華菜、そして雅史の順に寝ていることが分かった。
架名は考える。
テレビではよく女を後にする。ならば、護衛としてついてきた人間が一番厄介だろう。とすれば、牧を最初に、次に華菜を連れて奥に避難するだろう雅史を、そして最後に華菜を殺ればいい。
架名は寝ている牧の枕元に立つと、左手に持った包丁の切っ先を下にして構え、両手で握り締めて振り上げた。
頸動脈なら、簡単に切れるはずだ。
心臓が、バクバクと音を立てて早鐘を打つ。耳元に移動したんじゃないかと錯覚するくらい大きな拍動の音が聞こえた。
刺し殺そうと振り上げた手が、カタカタと震える。
ここでやらなきゃ、りなが殺されてしまう。だから……
架名は目を固く閉じ、振り上げた手を勢いよく振り下ろした。
ズンッという衝撃が、両手に伝わる。
バクバクと早鐘を打つ音が、急き立てるようにうるさく耳元で主張した。
殺った、か……?
架名は固く瞑った目を、ゆっくり開こうとした。
すると包丁を突き立てている手に、力強い手が置かれる。
架名は驚いてはっと目を開け、とっさに包丁を引き抜こうと手に力を込めたが、ピクリとも動かなかった。
「俺を殺して、どうする気だ?」
心臓の拍動以外、何も聞こえてこなかった耳に、重厚感のある、低い、殺したはずの男の声が届いた。
架名は顔をばっと上向けた。
するとそこには、殺したはずの男――牧の、じっと架名を見据える目がある。
「うわああああぁっっ!!!」
架名は、気が付けば叫び声を上げていた。
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