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それを見て唖然と立ち尽くしていた将也が正気に戻り一歩踏み出すと、牧は将也に目を向けて首を横に振り、その場に留まるよう目で合図した。
「架名、どうしてこんなことをしたんだ?」
牧は、努めて優しい声で架名に問う。
「だっ……て、殺さ……ると、思っ……」
――殺されると思った?
架名は、討伐云々の話は知らないはずだ。しかもそれはりなに向けてであって、架名に向けてではない。だが架名は、何かを察したのだ。
今日一日様子を見ていて、架名は弟達をちゃんと可愛がっていた。面倒もよく見ている。そこから考えると、もしかしたら、りなを守ろうとしての行動なのかもしれなかった。
――だから架名の様子が、他の子供達と比べておかしかったのか。
思わぬ言葉が飛び出して、両親をはじめ、牧や華菜も驚く。
「そうか。それで、俺を殺せば助かるんじゃないかと考えたのか。しかし架名、詰めが甘いぞ。遺体はどうするつもりだったんだ?」
子供に聞くことではない。そう華菜と雅史が思うと、架名はひっくひっくとしゃくり上げながら答えた。
「庭に……埋める。金魚……カブトムシも、そうし……からっ」
どうやら考えることは子供らしい。
狙った位置が頸動脈だったから、まさかそういう殺人の知識を……? と心配したが、どうやら父親が医者なせいで得た知識だったようだ。
完全犯罪を狙って計画を立てたわけじゃなくて、ちょっとホッとする牧である。
「成程な。頸動脈なら、簡単に切れて子供の手でも楽に殺せると思ったのか。それで包丁を選んだんだな」
「父さ……が、メスは人を助け……ものだ……て、言……った、からっ……」
だから、メスは選ばなかったのだ。父の医者としてのプライドが詰まった道具だったから。
将也が驚いたように目を見開いた。架名は命を大切に思っていないわけではないのだ。
牧は、「そうだな」と言って架名の背を撫でる。
「でもな。包丁は人が生きるために、何か食べるものを作る為に使うものだ。この世にある全ての刃物は、それぞれ何かしら人の役に立つためにあるものであって、決して人を傷付けるためにあるわけではないんだぞ」
牧の言葉に、架名の目から更に涙が溢れる。
「ごめ……なさ……」
牧は架名を抱きしめて、頭を撫でた。
「そうだな、悪いことをしたらごめんなさいだ。よく言えたな。偉いぞ、架名」
架名は、牧の服をぎゅっと掴んだ。
「殺……ないで……、お願……だから、殺さな……で……」
まだたった6つの子供が、殺さないでと口にして懇願する様は、大人達の心を酷く動揺させた。
牧は腕の中にある小さな命を、しっかりと抱きしめる。
「大丈夫だ。絶対に、殺さない。殺させるものか」
牧の決意を、華菜は微笑んで同意する。
「そうよ。こういう時こそ職権濫用しなくっちゃ」
それを座り込んでしまった杏里の肩に、ずり落ちたカーディガンを羽織らせながら聞いた雅史が、頭が痛いとばかりにこめかみを押さえて言った。
「華菜様、職権濫用の使い方、間違ってます。帰ったら博明様に国語の授業を徹底して行っていただきましょうね」
そしてその後、飛んで行った魂が戻ってきた両親は牧達に謝り続け、事を起こした架名は夜中だというのに正座をさせられて、徹底的に両親に叱られたのであった。
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