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大人達は広場の入り口で井戸端会議をするのが常だ。だからきっと、すぐに来てくれるはず。
そんな期待を抱きながらも、どこか手持無沙汰に待っているのも何だか心配で、りなはいつも弟が倒れた時に両親がしていた行動を思い出し、玲央の額に手を当てた。
ふわり、と空気が辺りを包み込むように風が起きた。柔らかく、真綿に包まれるかのような優しい風。
するとりなの頭の中に、彼の知らない光景が流れ込む。それは走馬灯のように浮かんでは消え、流れていった。
どれくらい、そうしていたのだろう。
映像が途切れたのを機に目を開けると、周りの子供達の顔色は一変していた。
呼ばれた大人達もまた、ある一定の距離を保って立ち止まり、困惑顔を浮かべている。
その様子は、何かおぞましいものでも見たかのような反応だった。
「ど、うしたの?」
りなは不安になって立ち上がり、皆を、辺りを見回した。
特に、不思議なものや怖いものはない。
どうして皆がそんな顔をするのか分からなくて、なんでだろうと首を傾げていると、足元でぐったりしていた玲央の目が開いた。
「あ、よかった。気がついた?」
りなはしゃがんで玲央の顔を覗きこむ。しかし玲央は、まるで知らない人を見るかのような目をりなに向けた。
「お前、誰?」
冗談を言っているようには見えない。りなは言い知れぬ不安を抱きながら、とっさに玲央の肩を掴む。
「宮木りなだよ。からかわないでよ」
玲央は訝しげな顔をして、「知らね~よ、そんな奴」と一言言い放ち、肩を掴んでいたりなの手を払い、立ち上がった。
「あ、ママだ」
玲央は周りを取り囲む群衆の中に母親を見つけると、嬉しそうに駆けていく。
「ママ、ぶーちょうだい。のどかわいた」
急に退行したように赤ちゃん語を話し始めた玲央を、母親が驚いた顔をして凝視した。
「玲央、どうしたの? ママじゃなくてお母さんでしょ?」
言われた当人は、きょとんとしている。まるで、今までそんなことを言われたことがなかったかのようだ。
「何でも良いけどのど乾いた。ママ、ぶーちょうだい、早く!!」
いつもの玲央なら、「お茶ちょうだい」と言えたはずだ。態度もどこか、幼児化している。そのことに母親も困惑した様子で、今にも駄々をこねそうな息子に水筒を渡した。
「チューチューじゃない!!」
コップ付きの水筒を見て、赤子のように泣き叫ぶ。
とうとう周りの大人達も、玲央の様子がおかしい事に確証を得た顔をした。
「やっぱり、さっきのが原因なんじゃ……」
「白詰草の花が一斉に青く染まるなんて、聞いたことないし」
「りなくんが玲央くんの額に手を当てたのが原因……?」
「まさか!! でも、確かにそれしか思い当たらないわね」
ヒソヒソ話が、漏れ聞こえてくる。
玲央のおかしな言動は、りなが原因。そんな結論を出した人々は、恐怖と嫌悪感の入り混じった目を彼に向けた。
「西城家みたいに、不思議な力を民衆を守るために使ってくれるならまだいいけど」
「私達に害を為すのは……ねぇ?」
「王家に管理してもらわなきゃならないような話じゃない? これ」
「化け物を野放しとか、やめて欲しいわ」
「ほんとほんと。宮木さんは分かってて黙ってたのかしら」
「だとしたら問題よねぇ」
「まぁ、自分の子供を化け物として処分しようなんて決断、なかなか出来ないとは思うけど」
「綾くんも身体弱いじゃない? もしかしたら……」
「昔むかし双子が忌み嫌われたのって、もしかしてこういうことがあったから?」
「え~? じゃあやっぱり?」
「人間じゃなくて、化け物なんじゃ……?」
誰ともなく、そんな言葉が発せられた。ヒソヒソとした声はとても小さかったが、嫌悪感が滲んでいたからか、悪意が籠っていたからなのか、何故だかよく聞こえた。
―― バケモノ?
大人達は恐怖とも嫌悪とも取れる引き攣った表情をして、子供達に「早くこっちへ来なさい!」とヒステリックに呼び寄せた。
まるでりなが恐ろしい何かになってしまったかのように、十分に距離を取り、安全を確保できる位置で立ち止まって、早く早くと子供達を急かす。
玲央の母親は息子を抱き上げると、周りの大人達に「病院へ連れて行きます」と頭を下げながら慌ててその場を後にした。
残る大人達も駆けてきた子供達の手を引き、恐ろしいもの、怖いものでも見るかのような目を向けて、「化け物」と口々に言い放ち、逃げるように去って行った。
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