一面の・・・

2/3
30人が本棚に入れています
本棚に追加
/48ページ
 大人達は広場の入り口で井戸端会議をするのが常だ。だからきっと、すぐに来てくれるはず。  そんな期待を(いだ)きながらも、どこか手持(てもち)無沙汰(ぶさた)に待っているのも何だか心配で、りなはいつも弟が倒れた時に両親がしていた行動を思い出し、玲央の額に手を当てた。  ふわり、と空気が辺りを包み込むように風が起きた。柔らかく、真綿に包まれるかのような優しい風。  するとりなの頭の中に、彼の知らない光景が流れ込む。それは走馬灯(そうまとう)のように浮かんでは消え、流れていった。  どれくらい、そうしていたのだろう。  映像が途切れたのを機に目を開けると、周りの子供達の顔色は一変していた。  呼ばれた大人達もまた、ある一定の距離を保って立ち止まり、困惑顔を浮かべている。  その様子は、何かおぞましいものでも見たかのような反応だった。 「ど、うしたの?」  りなは不安になって立ち上がり、皆を、辺りを見回した。  特に、不思議なものや怖いものはない。  どうして皆がそんな顔をするのか分からなくて、なんでだろうと首を(かし)げていると、足元でぐったりしていた玲央の目が開いた。 「あ、よかった。気がついた?」  りなはしゃがんで玲央の顔を覗きこむ。しかし玲央は、まるで知らない人を見るかのような目をりなに向けた。 「お前、誰?」  冗談を言っているようには見えない。りなは言い知れぬ不安を(いだ)きながら、とっさに玲央の肩を掴む。 「宮木りなだよ。からかわないでよ」  玲央は(いぶか)しげな顔をして、「知らね~よ、そんな奴」と一言言い放ち、肩を掴んでいたりなの手を払い、立ち上がった。 「あ、ママだ」  玲央は周りを取り囲む群衆の中に母親を見つけると、嬉しそうに駆けていく。 「ママ、ぶーちょうだい。のどかわいた」  急に退行したように赤ちゃん語を話し始めた玲央を、母親が驚いた顔をして凝視した。 「玲央、どうしたの? ママじゃなくてお母さんでしょ?」  言われた当人は、きょとんとしている。まるで、今までそんなことを言われたことがなかったかのようだ。 「何でも良いけどのど乾いた。ママ、ぶーちょうだい、早く!!」  いつもの玲央なら、「お茶ちょうだい」と言えたはずだ。態度もどこか、幼児化している。そのことに母親も困惑した様子で、今にも駄々をこねそうな息子に水筒を渡した。 「チューチューじゃない!!」  コップ付きの水筒を見て、赤子のように泣き叫ぶ。  とうとう周りの大人達も、玲央の様子がおかしい事に確証を得た顔をした。 「やっぱり、さっきのが原因なんじゃ……」 「(しろ)(つめ)(くさ)の花が一斉に青く染まるなんて、聞いたことないし」 「りなくんが玲央くんの額に手を当てたのが原因……?」 「まさか!! でも、確かにそれしか思い当たらないわね」  ヒソヒソ話が、漏れ聞こえてくる。  玲央のおかしな言動は、りなが原因。そんな結論を出した人々は、恐怖と嫌悪感の入り混じった目を彼に向けた。 「西城家みたいに、不思議な力を民衆を守るために使ってくれるならまだいいけど」 「私達に害を為すのは……ねぇ?」 「王家に管理してもらわなきゃならないような話じゃない? これ」 「化け物を野放しとか、やめて欲しいわ」 「ほんとほんと。宮木さんは分かってて黙ってたのかしら」 「だとしたら問題よねぇ」 「まぁ、自分の子供を化け物として処分しようなんて決断、なかなか出来ないとは思うけど」 「綾くんも身体弱いじゃない? もしかしたら……」 「昔むかし双子が忌み嫌われたのって、もしかしてこういうことがあったから?」 「え~? じゃあやっぱり?」 「人間じゃなくて、化け物なんじゃ……?」  誰ともなく、そんな言葉が発せられた。ヒソヒソとした声はとても小さかったが、嫌悪感が(にじ)んでいたからか、悪意が(こも)っていたからなのか、何故だかよく聞こえた。  ―― バケモノ?  大人達は恐怖とも嫌悪とも取れる引き()った表情(かお)をして、子供達に「早くこっちへ来なさい!」とヒステリックに呼び寄せた。  まるでりなが恐ろしい何かになってしまったかのように、十分に距離を取り、安全を確保できる位置で立ち止まって、早く早くと子供達を()かす。  玲央の母親は息子を抱き上げると、周りの大人達に「病院へ連れて行きます」と頭を下げながら慌ててその場を後にした。  残る大人達も駆けてきた子供達の手を引き、恐ろしいもの、怖いものでも見るかのような目を向けて、「化け物」と口々に言い放ち、逃げるように去って行った。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!