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去っていく群集の中に、こちらを向いてぽつんと立っている子供がいた。
その子は去っていく群衆に逆らうように、りなの方に向かって一歩一歩進み出てくる。
前に運ばれる足が、まるで何かに突き動かされているかのように段々と早くなり、最後には転ぶように駆け出した。
「りなっ……!!」
架名は、りなに駆け寄って強く抱きしめ、搾り出したような声で弟の名を呼んだ。
「大丈夫、大丈夫だから。お前は、俺が守るから……っ」
何で急にそんなことを言い出したのか、分からなかった。
分かったのは、弟の綾と違って血色の良い顔をしていたはずの兄がひどく青褪めていることと、体が震えていることだけだった。
「兄……さん?」
何かがおかしいことは確かだ。だけれども、自分が何かしたとは思えない。
何故、玲央が急に退化したかのような言葉や態度を取るようになったのかと言われても、りなにはその原因に心当たりがないのだからどうしようもない。
何が起きているのか分からないまま、りなは兄に抱かれて首を傾げる。
ただ兄は、「大丈夫だから」と壊れた人形のように繰り返すだけだった。
どれくらいそうしていただろう。兄の体の震えが止まった頃には、空は茜色に染まっていた。
少しばかり、風が冷たい。
「風邪ひくから、帰ろう」
立ち上がった架名が、手を差し出す。その手を借りて立ち上がり、りなは周りを見渡した。
あんなにいた人は誰一人おらず、辺り一面には、見事な白詰草の花畑が広がっていた。
昼間と変わりない花畑だった。
ただ、色を除いては……。
「青……色?」
遊んでいた時は、真っ白な花だったはずだ。
まるで雪が積もったような、幻想的な純白の花畑。
その見事な白詰草の花畑は、りなのいる場所から半径2メートルの位置まで、不思議なことに皆、青色に染まっていた。
「……兄さん。これ、僕が……?」
見上げた架名の顔は、今までに見たこともないような、困惑した顔をしていた。
そしてその顔を見たりなは、自分が何か、異常なことをしてしまったのだと悟ったのであった。
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