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異常なし
白詰草を青色に染めた翌日、父の勤める病院に、りなは連れて行かれた。
色々検査をしてみるも、どこにも異常なんて見当たらない。至って普通の人間で、体は健康的だという検査結果だった。
「まぁ、そうだろうな」
予想通りの結果だと、父親である宮木将也は、検査結果を見ながらぼやいた。
白衣を着ている父は、何やらカッコいい。先生と皆に呼ばれて、とても賢そうだ。
「そもそも、あれをりながやったという証拠がないだろうに。たまたま額に手を当てた時に、タイミングよく花が青く染まっただけで、彼の記憶喪失は、りなが手を当てる前に頭でも打って起きたものなんじゃないのか? 気分が悪そうだったのは、頭を打ったことが原因だろう。現に、頭を強く強打すると、嘔吐することがある」
医者らしい、科学的見地からの原因究明だ。そんな超能力を、どこにでもいる普通の、何の力も持たない自分の息子が発揮するはずがない。そう父は言いたそうだった。
「でも将也、見ていたお友達が言うには、何か空気が動いたというか、風が吹いたらしいのよ。りなの周りだけ」
りなの母で妻の杏里が、パソコンに立て掛けられた携帯電話のディスプレイ越しに主張する。
「本当に風が吹いたんじゃないのか? それを、花の色が変わるなんて珍しい現象を目の当たりにしたから、そちらに気を取られてそう感じた、とかいうオチじゃ?」
至極真っ当な見解だ。そうよね、と母が息を吐く。
コンコンとカンファレンス室のドアがノックされて、一人の男が入ってきた。精神神経内科の木野孝明だ。たまに、ウチに遊びに来る。脳神経外科と心療内科を足したような診療科に属する彼は、りなに“記憶を消された”とされる男の子の診察をしていた。
「どうでした?」
カルテ片手に入ってきた彼を見て、父がだらけて背もたれに持たせかけていた背筋をピンと伸ばす。
「ちょっと、普通の記憶喪失とは違う感じだ。頭のMRIを見る限りでは、どこも異常がない。強いて言うなら、この記憶を司る部分の活動が、少し鈍くなっているくらいか。頭を強打した形跡もない。喪失した記憶は断片的だ。何歳から何歳まで、というわけでもないようだし、細切れになっている。いわゆる“まだらボケ”のような感じだろう。痴呆老人によくある、孫のことをすっぱり忘れているくせに、孫と出かけた場所は覚えているという奇妙な現象を引き起こしているアレと同じ状態だ」
「……そんなボケるような年齢じゃないでしょう? まだ4つの子供ですよ?」
「だから変だと言っている。まぁ、これが記憶喪失じゃなくて、親から虐待を受けていて、統合失調症一歩手前の状態だと言うなら、有り得なくもない話だが……」
「統合失調症、いわゆる多重人格ですか。それで? 虐待されてそうなんですか?」
「いや、そんな形跡もなかった」
自分で疑惑を口にしておいて、けろりと否定した。父が、「そうですか」と興味を失ったように返事を返す。
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