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「な、泣いてない」
「嘘だ」
中根は佐々木を捕まえたまま、ゆっくりと腰を落とした。片膝をついて、佐々木の顔を覗き込む。佐々木は顔を隠したまま、中根を見下ろした。涙のせいで奥行きの増した瞳に戸惑いが見え隠れする。やがて彼女はおずおずと口を開いた。
「……多摩ちゃんといい感じなんじゃないの?」
中根はがくっと頭を下げた。いい感じどころか常に厳しく当たられている。
「全くないです。どこがそんな風に見えるんですか」
「だって、たまに二人きりで話してるし。さっきもだし、昨日、旅館に着いたときの車の中とかもだし。ていうか多摩ちゃんを旅行に誘ったときも見つめあってたし、そもそも多摩ちゃんも誘おうって言いだしたの中根くんだし。多摩ちゃん美人だし、モテると思うし、中根くんひょっとしたら多摩ちゃんみたいな女の人が好みなのかなって」
頭を垂れたまま聞いていた中根は、目を見開いてぎこちなく顔を上げた。
疑惑の半分以上が、自分が佐々木への気持ちを持て余していたゆえの中途半端な行動によるものだったことに気づく。
この旅行以前にも、佐々木に好意をほのめかされるたびに、のらりくらりと逃げ回っていた。そのたびに、きっと彼女は人知れず傷ついていたのだ。いつも変わらない柔らかな笑顔を纏いながら。
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