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佐々木奈緒
事務課の仕事は集中力が勝負だ。入力作業は特に、気がそれた瞬間に作業スピードが落ちる。余計なことを考えないこと。画面と資料にのみ集中すること。それができれば時間もあっという間に過ぎるし仕事も終わる。今の仕事は営業課から回ってきた新規顧客情報の入力だ。考える余地のあることじゃない。
中根悠斗が無心になってキーボードを叩いていると、隣の佐々木がちょんちょんと腕を触ってきた。
「ねえ、中根くん、みてみて」
佐々木奈緒は、同期入社で同い年の中根の同僚だ。よく話すようになったのは今年の席替えで隣になってからだが、最近、退社後にも飲みに行くようになった。それもあり社内で一番話す機会が多い同僚ではある。それで分かってきたのだが、どうやら佐々木は、集中力が長く続くほうではないらしい。
「どうしました?」
中根は一定のスピードで指を動かしながら返事をした。一緒に飲みに行くようになってから、佐々木が中根に話しかける回数は格段に上がった。以前は出勤、退勤や昼休憩の時に話すくらいだったが、最近は業務中でも遠慮なく話しかけてくる。忙しい部署でもないので問題はないが、いちいち付き合っていては仕事が進まない。
佐々木は「こっち見てないじゃん」と不満げにしている。頭をもたげて、中根の顔を覗き込んできた。ふわふわと巻いた茶髪が視界の隅で揺れる。中根はうっかり不要なエンターキーを押した。セルがずれる。
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