言えなかった一言

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言えなかった一言

 私はトボトボと歩いていた。  冬の冷たい風が私の手にぶら下げられた買い物袋をカサカサと揺らす。  ──寒い……。  先程、頑張れば言えた筈なのに言えなかった言葉が、より私に寒さを感じさせているような気がした。  ──いや、あの状況じゃどう考えても無理だったんだ。……でも、やっぱり勇気を出して言えば良かったかな……。  そう思っても、もう後の祭り。  私ははぁ……と白い息を吐き出しながら、あと少しの距離を早足で歩いた。  ガチャリ、とアパートの部屋の鍵を開けると、そこには殺風景な部屋が広がっていた。  引っ越し会社の手違いにより、部屋にはまだ家具も家電も何も入っていないので、小さい部屋なのに何だかとても広く感じる。  ──そもそもは、それが原因なんだよなぁ……。  私は床に手にぶら下げていた買い物袋を置き、その中から弁当を取り出す。  そして、袋に一緒に入っていた割り箸を割り、弁当を口にする。  ──あぁ、やっぱり…… 「言えば良かったな……『温めて下さい』って……」  ちなみに店員さんは忙しさからのうっかりなのか、聞いてくれなかった。  まぁ、うっかりは誰にでもある。致し方のないことだ。  だから私からお願いすれば済んだ話なのだが、しかし私は極度の人見知り。  しかもあんなに人が並んでいる状況じゃとてもじゃないけど言えなかった。  ──……電子レンジ、早く来ないかな……。  そんなことを思いながら私は冷たい弁当を口に運んだ。                      おしまい
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