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小声で呟いた後に同じ口から大きな溜め息が出てくる。
今日の対戦相手はテレビやマスコミでも取り上げられた14歳の天才少年。あの沖田吉平三段なのだ。
彼のリーグ内順位は無敗の1位。僕よりも一足先にプロ入りを決めていた。
総当たり戦なのだからいつかは戦わなくてはいけないが、喉から手が出るほどに1つの白星が欲しい時に最強の相手と戦わなくてはならないとは。
よくよく自分には運がないものだと、もう一度深呼吸とも溜息ともつかない息を吐き出すと、後ろから誰かが近づいてくるのを感じた。
「朝っぱらからシケたツラしてんじゃないわよ」
その声と共に僕は振り向く前に尻を蹴飛ばされる。
「あ痛った! た、滝沢さん……!?」
視線を後ろに向けるとそこには偉そうに胸を張り、腰に手を当てながら顎をこちらに向ける女性が立っていた。
彼女の名は滝沢椿。高校時代からお付き合いさせてもらっている僕の彼女だ。
同じ保健室登校で何度も接するうちに仲良くなり、交際を始めたのだけれど、男勝りで強気な性格は今も昔も変わらない。
「おはよう羽田」
「滝沢さん、どうしてここに?」
「お・は・よ・う!」
「あ、お、おはようございます……」
身に着けた長袖ワンピースのスカートと茶色のショートヘアを風に揺らしながらこちらを見る彼女は朝の挨拶を返さなかった僕をギロリと睨み、その迫力に思わず息を呑んだ。
ちなみに僕も今は茶髪だが、これは高校を卒業して間もなく「アタシも染めるから羽田も一緒に染めようぜ。染めるよな?」という滝沢さんの脅迫に屈した結果である。親を含めた周りからは「陰気臭さが抜けて良い」と好評だったため今も染め続けている。
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