15一5

1/1
2028人が本棚に入れています
本棚に追加
/196ページ

15一5

どこの誰が運んでくれるのかまったく分からない、橘との今夜の夕食のメインはハンバーグであった。 有名な洋食屋さんのものと比較してもまったく遜色のないそれはただただ美味しく、橘のビールもグイグイ進んでいた。 五百mlの缶ビールを五本も飲んでおきながら、彼は顔色一つ変えず由宇にちょっかいをかけている。 夕飯を食べ終え、橘が淹れてくれた絶妙な温度と旨味のあるお茶を飲んでまったりしていると、さっきからしきりに頬をぶにっと摘んでは離してを繰り返してきていた。 どうやら、由宇を構いたくてたまらないらしい。 「シャワーやめて風呂にしねー?」 「い、いいけど、一緒には入んないよ!」 「は? バカ言うなよ。 前戯すんだから俺も入る」 「ぜ、ぜ前戯って……!」 「あ。 ひとつ残念なお知らせ」 「なに……っ?」 含んだ言い方に、湯呑みをテーブルへ置いて橘を見上げると、 「俺の手が治るまでは本番は出来ねー」 などと残念そうに言われた。 (本番……?) 何の事だろうか。 首を傾げる由宇に、橘がフッと笑う。 「お前まだ知らねーのか」 「何を?」 「男同士がどうやってヤるか、だ」 「そ、そ、そ、そんなの知ってるし!」 「じゃあどうやんだよ。 言ってみ」 「……〜〜っ嫌だよ! 恥ずかしい!」 由宇の脳裏に、ペンションでの一夜がフラッシュバックした。 経験値の低い由宇が、あれを口頭で説明するなど出来るはずがない。 一瞬で頬をピンクに染めた由宇に向かって、意地悪な笑みを携えたままの橘から揶揄い交じりで耳に息を吹きかけられた。 「湯張り出来てっから風呂入るか。 ……今夜教えてやるよ。 手取り足取り」 「っ、先生いま左手使えないじゃん!」 「そーなんだよ。 めちゃくちゃ不便。 俺の体と髪、洗ってくれるよな?」 「えぇぇ……! い、いい、けど……!」 なんでだよ、と文句を言いそうになって、ふと包帯に目が留まる。 不自由そうなのには変わりないので仕方なく頷くと、橘は由宇から離れてその場でぐるぐる巻かれた包帯を外した。 (昨日の今日だから仕方ないのかもしんないけど……っ、痛々しい……!) 顕になった患部を見て、思わず息を呑む。 そこは、由宇の父親直々に綺麗に縫合されていた。 「先生……痛い?」 「痛くねーよ」 「そんな強がり言わなくても……」 「俺が強がるわけねーだろ」 左手にビニール袋を被せ、髪を結うためのゴムを手首にパチンと嵌めている橘は、見るからには痛がっていない。 だがあの鋭い短刀を握っていたのだから痛くて当然じゃないかと、何故か由宇の顔が痛そうに歪む。 将来を考えれば、縫合された患部を見て我が事のように痛みを感じて慄くなど、あってはならないと分かっているけれど……。 「でもどう見たって痛そうだよ……! 俺、保健医になりたいって思ってるのになんか……自信なくなってきた……」 「なんで」 「だ、だって……「痛そう」「可哀想」って、怪我した子ども達にいちいち感情移入してたら体保たない……!」 「お前は保健医向いてねーと思うけどな」 「…………っ!」 「外科医になれば。 親父の背中追い掛けんの、今からでも遅くねーよ」 「…………外科、医……」 「ただでさえお前自身がガキなんだから、保健医なんてなったらガキがガキ診る事になんだろ」 「……っ暴言!!」 一理ある、と肩を落としていたところに思いがけない方向から槍が飛んできた。 橘はいつも通り思ったままを口にしているだけかもしれないが、由宇の心にグサッときた。 「なんで暴言なんだよ。 不器用なお前が名医になってくの、見てみたいだけ」 「………………!」 言いつつ立ち上がった橘から手を握られ、バスルームへと連れて行かされる。 (……キュン、ってした……) 暴言の次は希望に満ち溢れた事を言われてしまい、胸が高鳴った。 自分には絶対に向いていないだろうし、父親の背中こそが追い掛けたくない悪い見本だったので、医者になるのはハッキリ言って嫌だ。 ただ、橘がそう言ってくれるのなら、……考えてみてもいいかもしれない。 元々は敷かれていたレールである。 ほんの少し脇道に逸れてしまったとしても、由宇にはまだ猶予が残されている。 早速明日、進路変更を担任に告げてみよう。 せっかく理系クラスに居るのだから、志は高く、自信を持って橘の隣に並びたい。 「制服脱げ」 「えっ!? い、いま即席の進路相談してくれてたんじゃ……!」 由宇が考え込んでいた間に、バスルームに到着した橘はすでに全裸になっていた。 目のやり場に困り、慌てて背中を向けると背後から右手が伸びてくる。 「んな事、家でまでするか。 アホポメ」 「……っっキィィィッッ!」 「うるせー! 久々聞いたけどマジでそれうるせーよ!」 「なっ、なんで……! え、先生どんな手品使ったんだよ!」 橘は自由に使える右手だけで、由宇が奇声を上げていたものの数秒で上半身を裸に剥いていた。 「下は自分で脱げ」 「わ、分かったからそんな見るなよ!」 「………………」 「無言で見るなって! 怖いから!」 「………………」 「凝視! 見るなって言ってるのに、先生のそれは凝視!」 「いいから早く脱げ」
/196ページ

最初のコメントを投稿しよう!