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1一2
入学式が終わっても、由宇の両親は姿を現さなかった。
きっと寝過ごしたまま起きられずにまだ家に居るに違いない。
さすがに小学校のセレモニーは来てくれていたが、中学校の入学式と卒業式には来なかった事を思うと、二人とも「もう行かなくてよくない?」な心境なのだろう。
そこには両親の別の思いも含まれている気がするから、由宇は何も言えなかった。
体育館から教室へ移動し、自分の名前が書かれた机を発見すると、ちんまりと大人しく着席した。
(どうしよ、もうグループが出来始めてる…!)
由宇が腹痛でトイレに籠もっていた、たった数分間で完全に出遅れた事を知ってドキドキが再燃した。
緊張の面持ちで借りてきた猫のように大人しく座っていると、ふと後ろから背中を突かれてまた小さく喉を鳴らす。
今日は皆、由宇を背後から驚かす日だ。
「ねぇ、名前、それ何て読むの?」
「…へっ? 名前? …ゆう、って読むんだ」
振り返ると、由宇を突ついた男子生徒は少し脱色したような髪色で、顔の整った優しそうな人だった。
ちょうど真後ろの席で、しかもぼっちなところを見ると、彼もまた席から一歩も動かずその場に居て孤立したらしい。
「ゆう、か。 俺は園田 怜(そのだ れい)。 女みたいな名前だよな、二人とも」
(怜っていうんだ……なんかこの人っぽい)
いつも元気印の由宇が新しい輪にズイッと入るなど出来るはずもなく、怜がたとえ名前の読みを知りたかっただけにしても、話し掛けてくれたのはすごく嬉しかった。
しかも良い人そうだ。
「ほんとだね。 …あの、この辺の人?」
「そうそう。 歩いて来れる距離。 由宇は?」
「俺は電車とバス。 少しこっから距離あって」
「マジで? なんでそんな遠いのにここ受験したんだ?」
由宇は、心配していた孤立状態から抜け出せた事に安堵した。 なぜなら怜は、良い人そうな上に人懐っこい。
もう名前で呼んでくれている。
それが大袈裟でも何でもなく目頭が熱くなるほど嬉しくて、あまり言いたくはなかった事だが怜にならいっかと打ち明ける。
そりゃあ由宇だって、電車とバスを乗り継ぐなんて面倒だから、どうせなら電車一本かバス一本で行ける高校に行きたかった。
「実は中3の時三ヶ月間入院してて。 それで出席日数足りなくなって、内申も足りなくなった」
「そうなんだ? 三ヶ月も入院ってどしたんだ?」
「事故っちゃって」
ハハ…と苦笑する由宇は、当時の痛い出来事を思い返す。
中3に上がりたての春、徒歩で帰宅途中、信号無視の車に撥ねられた。
とは言っても、少々ふっ飛ばされたくらいで足の骨折だけで済んだものの、華奢故に大腿骨を派手にやってしまったので、入院とリハビリだ何だで欠席日数自体は三ヶ月を有に越えていた。
「はっ!? 大丈夫なの?」
「うん、骨折で済んだし。 今も走るのは怖いけど普通に歩けるから。 早歩きも大丈夫」
「そうなんだ。 だから近場の進学校受けられなくてここってわけだ。 ここも一応進学校だしね」
「そういう事。 ここより上目指してたから、親もあんまり良い顔してなくて…」
事故ってすぐは体の心配をしてくれていた両親も、入院が長くなるにつれて「高校はどうしよう」の心配へだんだん変わっていった。
内申点の関係で区内有数の進学校は無理だと分かるや、それならどこに行っても一緒だと突っぱねられて、現在に至る。
父親が医師なだけに、由宇も医師になるのが当然だと言わんばかりだったため、高校選びは両親にとっては最重要事項であった。
由宇のわがままで、大学までエスカレーター式の私立の中学には行かなかったせいで、何度両親から「言わんこっちゃない」と溜め息を吐かれたか分からない。
「そっかー。 なんか大変そうだな。 由宇可愛いし、LINE交換しない?」
「いいよ! 嬉しい!」
可愛いし、と言われたのはさりげなく無視しておいた。
チビなのは中学の頃からからかわれていたので、もうあまり気にならない。
そんな事よりも、早速LINE交換が出来る友達に出会えた事の喜びの方が勝っていた。
腹痛を引き起こすほど、友達が出来るかとあれだけ不安で仕方なかったのに、怜が後ろからツンツンしてくれたおかげで由宇は笑顔になれた。
明日からの学校生活に、やっと光が見えた気がした。
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