1一3

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 両親は来ないままの入学式は終了し、紙袋いっぱいの教科書類を持った由宇は、駅までの道を独りでトボトボと歩いていた。  周囲は両親と共に笑顔で帰宅する中、ひとりぼっちなのは精神的に堪える。 慣れているとはいえ、寂しくないと言えば嘘になる。  多忙な両親は、由宇が私立中学を受験しなかった頃からさほど構ってくれなくなり、大学は大丈夫なんでしょうね?という進路の心配だけを時折投げ掛けてきた。  ひとりぼっちの家には帰りたくないけれど、両親が居ると思うとそれもまたストレスだ。  足取りが重くなるのも仕方がない。 「あ、怜だ」  早速怜からメッセージが届いた。 『明日駅まで迎えに行くから、学校一緒に行こ』という嬉しい内容に、塞がりかけた由宇の心が持ち直す。 「…っ友達、できた…!」  肝心の怜がどこに住んでいるのかは知らないけれど、駅まで来てくれるなんて嬉し過ぎる。  入学式に独りでやって来た寂しかった今日を思うと、明日からの毎日が俄然楽しみでウズウズした。  数学を除いて勉強は出来る。  塾ではなく家庭教師が週に二回自宅に来てくれているから、勉強で不安な事は今のところ一切ない。  由宇の中での問題は、この学校に馴染めるかどうかだけだった。  それによって毎日のスタンスも変わる。  怜の存在がどれだけ由宇に力を与えてくれたか、それを説明しても戸惑わせてしまうだけなので言わないけれど、スマホを握り締めて立ち止まって震えるくらいに感謝しているのだ。 「あ、そういえば朝の人、数学教師だって言ってたから…数学の度に来るのかなー来るよなー。 だって先生なんだもんなー…」  入学式で教師一人一人が壇上で紹介されていたが、その時に見付けてしまった朝の強面男。  低い声で「橘 風助(たちばな ふうすけ)です。 担当教科は数学です」と短い挨拶をすると、すぐに隣の教師へとマイクを渡していた。  他の教師達は何か一言を付け加えて自己紹介していたのに対し、橘は本当に名前と担当教科しか言わなかったので、あの人らしいなと由宇は思った。  運良く担任でも副担任でも無かった事に心底ホッとしながらも、文系である由宇は苦手教科である数学教師だというのにも「うわっ」と否定的な気持ちを持ってしまう。 (顔からして国語っぽくはないけど)  などと見た目で判断してしまうほど、由宇にとっては、橘のあの口調と上から目線な感じが苦手過ぎた。 「……ただいまー」  あれこれ考え事をしていたらあっという間に自宅へと着いてしまい、起きているのか寝ているのか分からない両親へ帰宅の挨拶をする。  居ると思ったら居ない、なんて事も日常茶飯事なので、由宇は重たい紙袋を持って二階へと上がった。  貰った教科書類に油性ペンで名前を書き、読むだけ読んで送っていなかったメッセージの返事を怜に送る。  そしてブレザーを脱いだ。 「はぁ……」  ハンガーに掛け、クローゼットにしまいかけて、ネクタイも外さなきゃと気付いて一旦止まる。 「あれ、これ……」  綺麗に結ばれたネクタイの隙間から、桜の花びらがヒラヒラと三枚も出てきた。  それを何気なく拾って手のひらに並べる。  結ばれた間に入っていたのでギュッと押しつぶされた形にはなっているが、この花びらはもしかしてあの先生が仕込んだのだろうか。 「そんな事しないよな、顔的に。 あそこたくさん桜の木があったからたまたま紛れ込んだだけだ」  両親が来ていない事を知って強面の眉間に皺が寄った姿を思い出すと、この花びらとあの先生はどう考えても結び付かない。  着替えを済ませた由宇は、明日の支度をした後、その花びらをラミネートフィルムに挟み込んだ。  両親も来ない、知り合いもほぼ居ない、そんな孤独な入学式という今日この日の事を、忘れないようにしよう。  卒業する頃には、今日の事を笑って話せるようになれたらいいな。  希望の大学に合格して、いつの間にか馴染んだたくさんの友達に囲まれて、彼女なんかも出来ちゃったりして。  そんな素敵な卒業式になるように、この花びらを見て今日の事を思い出して、毎日をきちんと生きよう。  由宇はその決意の桜の花びらを、毎日持ち歩く事にした。
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