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 翌日、怜は本当に駅まで由宇を迎えに来てくれた。  改札から出てその姿を発見した瞬間、本当に居てくれた!と由宇の心はひどく安堵した。  今朝もいつもと変わらず菓子パンがテーブルにポツンと置かれていたが、もう慣れているはずなのに無性に寂しさが襲ってきて、普段よりボソボソ感が強い気がしたパンがなかなか喉を通らなかった。  昨日の入学式での両親のドタキャンが、実はかなり精神的ダメージとして由宇を襲っていたらしいが、怜の姿を見るとそんなもの一気に吹っ飛んだ。 「おはよ、怜!」 「由宇、おはよ。 あれ、ネクタイは?」 「結び方分かんないから外してきた。 後で教えてくれない?」 「……いいよ」  由宇が恥ずかしげもなく打ち明けると、怜はクスクス笑いながらだが頷いてくれた。  駅から学校までは、徒歩で十五分くらいだろうか。  怜は学校のすぐそばのマンションに住んでいるらしく、ここまでわざわざ由宇のために遠回りしてくれたと知って申し訳なさを覚えた。 「怜、学校はひとりで行けるから、明日は迎えに来なくていいんだからな? てっきり俺、駅の近くに住んでるもんだって思ってたから…何か悪いもん」 「運動になるし由宇は気にしなくていいって。 由宇さぁ、昨日後ろから見てて思ったんだけど…寂しそうなんだよなぁ」  だから構いたくなる、と怜が真剣な眼差しを向けてきて、心の中で留めてたつもりの哀愁を、背中にまで漂わせていたのかと由宇は自身の背を後ろ手でそっと撫でた。 「昨日、由宇の親来てなかったろ? 俺んとこもなんだ」 「……え、そうなの?」  由宇は自分の事で精一杯でそこまで見ていなかった。  どこの家庭もそれぞれ事情はあるかもしれないけれど、子どもの入学式、ましてや進学校の入学式に出席しない親というのはなかなか居ない。  怜も複雑な事情があるのかと、思ったより上背のあった横顔をジッと見詰める。 「ま、朝から暗い話はナシだよな。 行こ行こ」 「うん…。 怜、大丈夫? 俺で良かったらいつでも話聞くからな」  言い草からして暗い話なんだと察知すると、不思議と怜の涼しげな横顔が寂しそうに見えてくる。 「ありがと」  せっかく友達になれた怜の内側を、無理やり探ろうとは思わない。  だが、由宇と同じように両親との間に確執めいたものがあるなら、誰よりも気持ちを分かってやれると思う。  たとえそれがどんな事でも、聞いてあげたい。  爽やかでモテそうな外見なのに、席から一歩も動かなかった理由は何なのだろう。  まだまだぎこちなさが漂う教室に怜と入ると、席が前後で都合が良く、担任が来るまでネクタイの結び方を教えてもらう。 「ここをこうして、…こう、な」 「うーーん、なんでだろう、うまくいかない」 「由宇は不器用なんだね」  もうこれで三度目なのに、なかなか覚えきれないネクタイを怜が後ろから結んでくれた。 「ありがと」 「毎日やってたら自然と覚えるから。 そんなしょんぼり顔しないの」  丁寧に教えてもらったはずなのに、確かに手先は器用ではないからモタモタするし、仕上がりは昨日と変わらない。  あの強面数学教師も、怜も、ササッと数秒で結んでくれるというのに、由宇は一回結ぶだけで数分を要す。 「一限目数学だね」 「あー…そうだっけ…」  苦手なんだよな~と呟くと、怜が「俺も」と同意してくれたが、由宇は数学そのものよりも教師の方も苦手なので、今から気が重い。  温和そうな初老のこの担任が数学担当なら良かったのになぁと、由宇はHRの間中浮かない顔で時計を睨んでいた。
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