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マリはこの後のことを覚えていない。ただ、気づいたときには自分の部屋に戻ってきていた。そばに置いていた携帯の時刻は午後11時50分。マリはケンから受け取った封筒を前にじっと床に座り込んでいた。
「ケンが今日命日だって知っていたら、なんで、――」
キスをしてきたのだろう。マリの頭の中にケンが倒れた時の光景が蘇り、目から涙が溢れてくる。
「ケンは、私に何を渡したの?」
マリは封筒を破ると、中身を取り出した。そこには手紙と小さな箱が入っていた。
『マリへ。これを読んでいるってことは、俺はもう死んだということだ。お前とは小さい頃からの付き合いで、そばにいるのが当たり前すぎるくらい、俺らは一緒にいたな。
あの頃は何も思わなかったが、就職して離れてやっと、お前のことが好きだったんだって気持ちに気づいた。でも気づくのが遅かった。俺の寿命は8月31日。これを書いているのが30日だから、明日、俺は死ぬ。寿命なら仕方がないって思っているが、でも俺は、マリとの明日を生きたい。マリと一緒に9月1日を迎えたい。
もし、一緒に9月1日を迎えられたら、俺と結婚してほしい』
マリは小さな箱を開けた。そこには指輪が入っていた。
「ケンの馬鹿。どうして、自分の口で言ってくれなかったのよ」
マリは指輪を取り、左手の薬指にはめた。
「ごめんね。私も、もっと早く自分の気持ちに気づけたらよかったのに」
マリは急に激しく、心地よい眠気に襲われた。時刻は午前0時2分。日付は9月1日。マリは床にゆっくりと倒れこむ。床がまるで極上のマットのように気持ちよく感じる。
「ケン。最期に、幸せをくれてありがとう」
薬指の指輪を見つめながら、マリの世界は優しく、温かい光に包まれていく。
マリは至極の眠りについた。
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