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その1 かっこいい先輩
どっちかっていうと、猫派だからなあ。
掲示板に張り出されたポスターを見て、僕はそんなことを思った。
ポスターの内容は、『うさぎを愛でる会・会員募集』
……変な会だな。
まあ、どうせうさぎの飼育係をやりたがる人がいないから、そんなクラブ名を付けてみただけなんだろうけど。
うちみたいにうさぎの飼育小屋がある高校って、珍しいんじゃないかな。
正直、会には全く興味がなかった。だって面倒くさいの、嫌いだし。
しかしこの意見は、五分後にころりと覆されることになる。
先輩が目の前に現れた瞬間、僕は『うさぎを愛でる会』に入会したくてたまらなくなっていた。
僕の意見など、息を吹きかけただけで裏返ってしまう、日めくりカレンダーに使われている薄紙のようなものなのだ。
そのポスターを発見したのは、昼飯が終わって、腹ごなしに校内を散歩していたときのことだった。
一緒に弁当を食べてた連れは部活のミーティングとやらに行ってしまったから、僕一人。
楽しそうに部活に通う友人がうらやましいとは思う。思うけど、うらやましいのは楽しそうだというところだけだ。
僕は前述の通り面倒なことが嫌いなので、部活に入ることを避けていた。部活動なんて、面倒くさいの代名詞のようなものだ。
高校に入学してから一か月が経ち、先輩方の激しい入部勧誘アタックも鳴りをひそめているから、今は堂々と胸を張って帰宅部だと名のれる。
……でもまあ、帰宅部が胸を張れるようなことかどうかは、別の問題だけど。
ほんの少し「うさぎを愛でる会」がどういうものだろうと考えたあと、掲示板を眺めるのにも飽きた僕は、新たな暇つぶしを探すための一歩を踏み出した。そのとき、近くで声が聞こえた。
「どうだ、うさぎの世話を手伝ってくれる奴は見つかったか、真木」
ポスターを見たすぐ後に、ちょうどそんな会話が耳に飛び込んできたものだから、びっくりしつつ声のほうを振り返る。
「希望者は数名いましたけど、恒常的に活動できそうな人は、いませんでした」
問いかけた先生に涼やかな声で答えたのは、長身でロングヘアーの女子生徒。彼女を見たとき僕は、思わず高速で二度見してしまうくらいの衝撃を受けた。
かっこいい。まず、そう思った。
特に外見が男らしいというわけではない。
背は高いけど、それが女性らしい雰囲気を壊すことはなかった。スリムでありながらどこか柔らかさを感じさせる、素晴らしい体形だ。
制服のリボンだってよく似合っている。リボンの色が緑だから二年生みたいだ。先輩かあ。
制服にかかる長い髪は、それ自体が光を放っているかのごとく、さらさらと輝いていた。先輩の外見には、僕が女性らしいと考える要因が群れをなして存在していた。
かっこいいのは外見じゃなくて、態度だ。
武道か何かの達人のように、ピシリと伸ばした背。
その背中に流れる黒髪がまっすぐなのは、先輩の姿勢の良さに我がふりを直したんじゃないかと想像してしまうほどだ。
会話をしているときは、先生の目にひたと視線を合わせ、決してそらさない。
しつこくて悪いけど、本当にかっこいい。
この人が『うさぎを愛でる会』の会長さんなのか。きっと、そうだ。ポスターに「興味のある方は二年一組真木まで」って書いてあった。さっき先生が呼んでいた先輩の名前と一緒だ。
「そうかー。会員探し、気長に頑張れよ」
「はい、ありがとうございます」
先生の言葉を受け、真木先輩は頭を下げる。制服の下に直線定規を入れてても驚かないくらいの、鮮やかなお辞儀だった。
気がつくと僕は、先輩のほうへ歩いていた。まるで誰かに操られてるみたいにふらふらと。視界に入った僕を、先輩が見る。先輩と目が合ったとき、言うべき言葉は一つしかないように思えた。
「僕、『うさぎを愛でる会』に入会したいんですけど」
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