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その2 瞬間恋力
突然話しかけた僕に驚きもせず、先輩はゆっくりと瞬きをした。
「君が?」
「はい。僕、一年三組の桂司朗っていいます」
先輩と会話をしていること自体に舞い上がりつつ、あらためて先輩を眺める。
きりりとした涼しい目元を始め、顔のパーツはどれも小さめだ。可愛いというよりは、美人タイプ。
身長は僕と変わらないくらいか、先輩のほうがちょっと高い可能性もある。ここは僕の背が低いことにへこむところなのかもしれない。けど全然へこまないぞ。
もちろん、負け惜しみなんかじゃない。背が同じ高さってことは、同じ目線で話ができるってことだ。顔と顔の距離が最短ってことだ。なんて素敵なんだろう。
「そうか……」
僕の高いテンションとは裏腹に、先輩は静かに悩むしぐさを見せた。すんなりとしたあごに、軽く曲げた人差し指を当てて何か考え込んでいる。
まあね、もろ手をあげて大歓迎、なんて反応をする人じゃないような気はしてたよ。でも、もしかしたらちょっと笑ってくれるかも、って期待してたのに、気の乗らない返事が非常に残念だ。
先輩にとっては、会員が見つかったことはラッキーだと思うんだけど、違うのかな。
がっかりして、やがて不安。僕の気持ちが移り変わってる間に先輩の考え事も終わったのか、先輩はあごから指を離し、再び僕の目に視線を戻した。
それだけの動きでさえ、ぴしっと感が伝わってくる。何というか、動きが直線的だ。
「桂くん、と言ったな。悪いが、入会テストを受けてくれないだろうか」
「テスト、ですか?」
いきなりテストという単語が出てきたのに驚いたというのもあるけど、本当にびっくりしたのは、先輩のしゃべり方だった。すごく変わってる。「悪いが」「だろうか」なんて言い方をする人、初めて見た。
でも先輩のかっこよさのせいか、口調に違和感を感じることはない。むしろぴったりだ。
ただでさえ部活など面倒に思っているのに、テストなんてとんでもない。そう思うはずだった。本来の僕なら。
しかし先輩を一目見たときに、僕は本来の自分をどこかに置いてきてしまったらしい。そのまま、今までの自分を忘れ去って別人になってしまいそうな勢いで、僕は答えた。
「はい、テスト受けます!」
先輩との縁をここで断ち切ってしまうわけにはいかない。『無難に人生を過ごすこと』だった僕の人生の命題は、『先輩ともっと仲良くなること』に一瞬で書きかえられた。意見だけじゃなく、命題までもが吹けば飛ぶような紙製でできてるのか、僕って奴は。
たった今、出会ったばかりの先輩のためにそこまで考えるなんて、変じゃないか?
我に返った自分が発した疑問は、たった一言で片づけられる。
恋の力だ。
ごめん、自分でもちょっと恥ずかしかった。まあ、でも、嘘ではないよ。うん。何だかわからないけど、先輩と話す、というそれだけのことに全身全霊を傾けられる気がする。そのためなら、できないことはないような気がするんだ。
僕は、先輩を好きになってしまった。
「君、元気がいいな。そんなにうさぎが好きなのか」
ここで初めて、先輩が嬉しそうに笑った。目を細めて笑ってくれた。
僕は思わず息をのむ。いや、実際は息をするのも忘れてた気がする。ああ、人が笑うのを見てこんなに嬉しい気持ちになるなんて。
はい、うさぎ大好きです、と答える前にちょっと悩む。実物のうさぎを見たことさえ片手で足りるほどしかないのに、嘘を言っていいのか?
ここで僕は恋パワーを全開にした。出会って間もない先輩を、僕は好きになった。だったら、うさぎだって一目見たその瞬間から大好きになってしまうに違いない。きっとそうだ。そういうことにする。
「はい、うさぎ大好きです!」
「そうか。うさぎ好き同士、仲良くやろうな」
「ぜひ!」
いちいち暑苦しいほど勢い込んで話す僕に動じることもなく、先輩はすっと手を差し出した。握手を求める手だ。
僕は先輩の手に触れられる千載一遇の機会を逃すまい、しかしがっついてるように見えてはならないぞ、などと考えつつ、慎重に先輩の手を握り返す。
思ったより、柔らかい手だ。しぐさがかっちりしてるから、手も硬いのかと思ってた。あ、でも手のひらにマメのようなものがある。やっぱりスポーツをやってるのかな?
『真木先輩の手』というタイトルでレポートを何枚も書けそうなほど、僕は彼女の手を見つめ続けていた。
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