2.待ちぼうけ

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2.待ちぼうけ

 どう考えても人選ミスだよな。 「で、お宅ら、まだ揃わんのですか」 「はあ――すいません」と葛木潤は頭を下げた。もう五度目だ。五分おきに尋ねられ、そのたびに頭を下げている。その相手は長野県警捜査一課長の村瀬警視で、ここは県警本部の応接室だ。 「警視庁ってのは、随分と時間にルーズなんですな」と村瀬は厭味を放って立ち上がると、窓辺に移動して煙草をくわえた。外見から察すると定年間際だろう、随分と貫禄のある男だった。  葛木は小さく溜息をつく。やっぱり、人選はしっかりやるべきだよ。  一見、外見は優男だが、葛木潤は刑事である。身長一七一センチ、童顔にさらさらの黒髪に撫で肩、その後姿は女の子と間違えられてしまうこともあるほどで、人には刑事には見えないとよく言われるが、しかし所属は警視庁の花形、刑事部捜査一課である。そして、その中でも殺人や強盗や傷害などの凶悪事件を扱う殺人犯捜査七係の捜査員だ。  警視庁捜査一課の葛木が、どうして長野県警本部にいるのか。その理由は、二日前の深夜に起きた、殺人事件の捜査のためだった。  東京都内某所で発生した殺人事件に際し、担当の捜査一課からは葛木も所属する殺人犯捜査七係が出動して捜査に当たっていた。七係といえば日常的に派手で騒がしく、他の係からは遊園地だの、二十四時間何でもありのコンビニだの、挙句には特撮戦隊ヒーローだのと揶揄されるチームだったが、しかし捜査一課において検挙率トップを独走しているチームである。同時に始末書提出率もトップであるのだが、そんな七係の指揮を取るのは警部補、西岡夏帆。通称夏帆たん。正規の七係係長が病欠で長期離脱し、現在係長代理を務めている、一課唯一の女性警部補。  その彼女が率いる七係は、今回も普段通り、初動捜査からやりたい放題の迅速さで、早々に被疑者を割り出していたのだったが、しかしその張本人の行方が解らず、捜査は珍しく立ち往生していた。  そこに昨日、長野県警から被疑者確保の一報が入ってきたのである。最初は、別件で逮捕した男が東京の殺しを自供したのだがという問い合わせだったのだが、その逮捕された男がこちらの被疑者だった。そうして立ち往生の捜査はあっさりと終結し、被疑者の身柄を引き取るために七係から捜査員が派遣されることとなった。  普段なら旅行気分で出張を自ら買って出る夏帆だったが、今回は他所の警察にホシを挙げられたのが相当悔しかったようで、散々葛木に当り散らした挙句、腹いせに和泉秀を蹴っ飛ばすという暴挙に出て、やがてそれは七係の癒し系正木芽衣が持ってきたところてんで一応は落ち着いたのだったが、しかし夏帆は《出張は七係からアミダで三人》と言い放つが早いか、そのところてんを抱えて何処かへ消えたのだった。そうして取り残された七係の面子は馬鹿正直にアミダ籤を作って、出張の三人を決めたのである。  それがいけなかったなと葛木は思った。あの二人、今頃どこで何をやってるんだか。  和泉秀。片山仁志。個性的な七係の面子の中でも、この二人は特に協調性がない。和泉は一目ぼれした女の子にすぐ声をかけに行くし。片山はタバコ吸うためにいきなり消える人だし。協調性持てよ。大人でしょうが。  つく度に幸せが逃げていくと言われるが、葛木は本日十回目の溜息をつこうとしたその刹那、バタンと勢いよく応接室のドアが開き、若い刑事が「課長!」と叫んで駆け込んできた。「事件か」と村瀬が振り向き、「はい! バスジャックと身代金要求です」と刑事が応える。 「よし、すぐに行く。特殊班を現場に向かわせろ!」  村瀬はそう言うと、葛木に冷ややかな視線を送った。「そういうわけだから、警視庁さん、また改めてご足労いただけますかね。こっちは忙しいんで」  村瀬は颯爽と応接室を出て行き、葛木は一人、ぽつんと取り残されて、先ほどつき損ねた本日十回目の溜息をついた。あー、俺、いつもこんなだな。  重い腰を上げて廊下に出る。初動捜査の準備で捜査員たちが慌しく走り回っている。ここは三階で、下に降りるには廊下の端のエレベーターか階段を使うしかないのだけれど、この慌しさの中を平然と抜けて行ったら、俺、空気の読めない人だよなと考えて呆然と立ち尽くしていると、いきなり背中に強い衝撃を受けて吹っ飛んだ。 「はっはっはっ、僕だよ!」  和泉秀は叫んだ。一八〇センチ近いすらっとした体躯に、爽やかな瞳。捜査一課ナンバーワンの爽やかなイケメンを自称する彼が今とっているポーズは、跳び蹴りをクリーンヒットさせて着地したときのそれで、余韻に浸るかのような清々とした表情だった。  俺の幸せ、逃げてったんだなと葛木は思った。 「いってぇ――いきなり何すんだよ!」と言う葛木の台詞もお構いなしに、「きみは実に運がいい!」と和泉は床に突っ伏す葛木を見下ろして言った。 「僕から一撃をプレゼントされるなんて、早々機会があるものじゃないからねっ」 「ホシにプレゼントしてくれよ」と葛木は立ち上がりながら言う。よく見ると和泉の頬が少し赤い。どうせどこかで、声をかけた女の子に引っ叩かれでもしたんだろう。 「それより遅刻だぞ、何してたんだよ?」 「いやはや、やっぱり初動はどこの警察でも慌しいもんだね」 「俺の話聞けよ」 「それより葛木。あのヘビースモーカーの身に、何かあったのかい?」 「片山さん? いや、知らないけど」 「なんだ葛木、受令機をつけていないのかい? 全くきみって人は、協調性がないね」 「お前に言われたくない。で、片山さんがなんか言ってきたのか?」 「いや、彼の無線から聞こえたのさ、銃声が」  ――銃声だって? 「それで、なんだかやばそうだからさ、来てみたら案の定この騒ぎだろ。もしかしたら彼、そのジャックされたバスに乗ってるんじゃないかい?」 「片山さんがバスジャックに巻き込まれたってことか? ――てか和泉、お前、やばそうな状況じゃなかったらこっちに来るつもりなかったのか?」 「とりあえずあのヘビースモーカーに連絡を取ってみることだね。それにしてもバスジャックなんて――久々の大事件だ、わくわくするね!」 「だから、俺の話聞けよ!」
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