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5.状況
「殺伐としたこの部屋を、まるで殺風景な荒野のようだと例えるなら、きみはその荒野に咲く一輪のたんぽぽのよう。力強く根を張って、灰色の世界に黄色く彩りを添える、それは正に素晴らしき癒し――そんな美しさを秘めているきみに、一つ尋ねてもいいかい?」
今夜は空いてるのと和泉秀が尋ねたところで、葛木潤はその頭を鋭く叩き、整ったヘアースタイルを乱してやった。
和泉が即座にどこかから鏡を取り出してヘアースタイルを直している傍らで、「すみません、バカで」と葛木は頭を下げる。「いえ――」と戸惑った様子で、その女性は答えた。彼女は長野県警捜査一課の刑事だ。
「で、今しがた起きたバスジャックについて聞きたいんです」
葛木が言い、警視庁がどうしてと言う定型句が返ってきたところで、和泉が振り向いて、「たんぽぽさん、きみの力が必要なんだよ」
「はあ――?」
「いいかい、葛木。人に物を聞くときは、そんなふうに無骨な話し方をしてはいけないんだよ。あくまで相手の下手に出て、相手を持ち上げて気持ちよくさせてから、謙虚に尋ねるべきものなのさ」
どの口がそんなことを言っている。葛木がため息をつき、和泉は爽やかな笑顔で微笑んだ。そして胡散臭そうな目で彼女はこちらを見た後、きびすを返す。
「あ、ちょっと」と葛木が引きとめようとした矢先、和泉が前に出て、「今日のその、新しいスカート、とても似合ってるよ」と言った。
その途端、彼女はくるりと振り向いて、「本当ですか?」と尋ねてくる。
「もちろんさ! その淡い綺麗な水色が、きみのイメージとマッチして、きみの美しさが際立っているよ」
きみのセンスは素晴らしいなどとのたまうと、彼女は頬を赤く染めて恥ずかしそうに微笑んだ。
「折角新しい服で来たのに、誰も何も言ってくれないんですよ、酷いと思いません?」
「それは酷い! こんな美人を放っておくなんて、長野県警捜査一課の連中は見る目がないね!」
「さすが、東京の警視庁の人は違いますね!」と彼女は言い、「何が知りたいんですか、何でも聞いてください」とニコリと協力を了解してしまったのである。
どこがいいんだ、こんな男の。てかどうして彼女のスカートが、新しいものだって知ってるんだ? 葛木は和泉を見て、そして彼の視線の先を見ると、彼女のスカートに値札のタグがついたままなのが見えた。なるほど、そういうところだけはしっかりよく見ているところが、和泉らしい。
葛木が尋ねる。
「バスジャック事件の続報、どうなってます?」
「さっき起きた例のヤマですね」と彼女は言った。
「てんてこ舞いですよ、県警本部。長野じゃ、もう随分とそんな壮大な大それた犯罪、起きてませんから」
「はあ、それは大変ですね。それで、状況は?」
「今、犯人の乗ったバスは、市内の交差点のど真ん中に立ち往生です。なんでも、バスが銃撃されたって情報もあるんですが、それは現在確認中です」
「それで、人質は?」
「今のところ、被害は出てないみたいですけど」
「なら良かった」と葛木は一先ず胸を撫で下ろす。
「要求はなんなんですか?」
「小鳥遊コーポレーション社長に五億。あの大企業の社長の娘さんが、バスに乗っていたとかで」
「女の子を人質に取るなんて、何て極悪非道な犯人! 許すまじ」
言った和泉を無視して、葛木は続けて尋ねる。
「犯人は?」
「それが」と彼女は急に声を縮ませた。「片山仁志って男だそうで。自分は刑事だって名乗ったとか――」
「はい――?」
葛木は振り向いて和泉を見る。流石の彼も、目を丸くしてきょとんとしていた。
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