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プロローグ
どうしてこんなことになってしまったのだろうという自問を止め、今はただ成り行きに身を任せているのだったが、しかし時間の経つほどに、生きて外に出ることが難しくなるということも充分に解っていた。柄にもなくお人好しだった一時間前の自分を嘲る一方で、一体俺はどうしてしまったのだと真面目に考えたりしてみる。あいつらに出会って、俺の中で何かが変化した、自分は弱くなってしまったのだとも思う。
片山仁志は衝動的に煙草をくわえていたが、しかし目の前のつぶらな瞳に見つめられていることに気づいて、煙草を箱に戻して顔を背けた。
「車内は禁煙よ、賢明な判断ね」
少女は鮮やかに微笑んだが、片山はそっぽを向いたまま何も答えようとはしなかった。煙草が吸えないから、バスなんて大きらいだ。このバスに乗ってから、いいことなど一つもない。
何かしらの悪態をつこうかと思った矢先、バスの前方にある降車口のドアがノックされ、「話をしようじゃないか」という声がかかる。先ほどから外が物々しく慌ただしい雰囲気になっていたのは気づいていた。
――いよいよ来たか。
「私は長野県警の橋本だ。きみと話がしたいんだよ」
中年らしい、落ち着いた声。相手を刺激しない柔らかい声。そして、交渉によってホシを落とすための声。
「なあ、要求は何なんだ?」
要求なんてない。――ただ。
唐突に浮かんだ考えに、片山は自嘲する。このお人好しめ。
「どうしてこんなことをする羽目になったんだい、片山巡査部長――?」
どうしてこんなことになったのか。
それは、およそ一時間前にさかのぼる。
目の前の時限爆弾は、確実に時を刻んでいく。
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