妖猿の隠れ家

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妖猿の隠れ家

悪い子は大丈夫 良い子にしてれば大変 良い子にしてると妖猿に狙われる 悪い子は大丈夫 良い子になるのは難しい 良い子にしてると妖猿がやって来る 悪い子は大丈夫 良い子は嘘つきさ 良い子にしてると妖猿に拐われる 僕が住んでる某県某市には、かなり古くから何とも不思議な民謡があって〝悪い子〟にしていれば大丈夫なんだけど〝良い子〟にしてると〝妖猿(あやかしざる)〟に狙われて拐われるという歌である。 更に拐われた者は〝隠れ家〟に連れて行かれると言うのだ。〝妖猿〟にも興味があるのだが、それ以上に気になったのは〝悪い子〟は大丈夫なのに〝良い子〟がどうして狙われてしまうのかが疑問に思う。 普通の感覚だと〝悪い子〟が拐われそうだが〝良い子〟が妖猿に狙われるのが納得が行かない。まあたかが民謡なので信憑性に欠けるのだが、何故か僕にはこの民謡のフレーズが頭から離れなかった。 ある日の朝、近所の高齢者の女性からこんな話を聞いた。その人の祖父にあたる人が子供の頃、友人が妖猿に会った事があると言うのだ。 僕は俄然に興味が出て来てその女性の話をもっと聞きたかったのもあり自宅にあがってお邪魔させてもらった。 でも、今思うと聞かなければよかったと思う。 話はこうだった。 高齢者の女性の祖父の妖猿に遭遇した友人は〝英明〟さんという方でした。 妖猿の歌は、英明さんが住んでいた地域でも有名だったようで亡き父からよく聞かされたとのことで幼心にもどうして〝良い子〟が拐われてしまうか不思議に思ったらしい。 ある日の夜に自宅で夕食を食べた後、寝床で寝そべっていると何処から何かが聞こえたそうです。最初は何だか分からなかったそうで わ…こ……大丈夫 良い子に…… 良い子にしてる………る … 次第にそれが〝例の歌〟だと分かるのに時間はかからなかったそうです。 それも自宅にいるのに何故か誰かが近くで話している様に聞こえたそうです。 しかも、それは子供の声でした。 悪い子は大丈夫 良い子にしてれば大変 良い子にしてると妖猿に狙われる 悪い子は大丈夫 良い子になるのは難しい 良い子にしてると妖猿がやって来る 悪い子は大丈夫 良い子は嘘つきさ 良い子にしてると妖猿に拐われる 今度はハッキリ聞こえた。 でも、どこからその歌が聞こえて来るのかがわからなかった。 何しろ自宅に英明さんは母親との二人暮らしでしたから他に子供と言ったら英明さん一人しかいなかった。 また自宅は当時、少し人里から離れた場所にあるためか家らしい建造物が建っていなくて近所と言ってもかなり離れていました。 聞いてるうちに怖くなり母親の部屋にバッと駆け込むと母は寝ていたそうで、いざ起こそうにも一向に起きてくれませんでした。 歌声は更に近くなり。 まるで英明さんのすぐ後ろまで迫っているようで。 バッと後ろを振り向きましたが誰もそこにはいなかった。   「え!誰もいない!この歌は何処から聞こえて来るんだ!」 それでも歌が止む気配がありません。 英明さんは怖くなってその場から逃げ出してしまいました。  あまりにも怖かったので後ろを一切振り向かず一心不乱に駆け回っていたそうです。 「どうして、僕だけ………。」 いったいどれくらい駆け回っていたのか分かりません。 歌声が聞こえない所まで行こうと必死になっていた。 もう走れない!と、思い辺りを見渡すと歌声は止んでいて、裸足でいたのにも気がつかなかったのか足の裏は血だらけになり歩き難い状態でフラフラだった。 少し冷静になり周りの様子を確認したら 「ハァハァハァ………ここ、どこ?」 英明さんが見渡した場所は森の中で、今までで自分が見たことのない場所でした。 いつの間にか家から出ていて帰り道を探そうにも、そもそも来た道が分からない。 「こんな森、あったけ?」 周囲を見ても不安が募るばかり、家に残して来た母親の事も気になるが自分の事をまずなんとかしないといけない訳だから、仕方なく歩く事にした。 だけど、途中で鼻をプーンとつん裂く強烈な悪臭に見舞われて立ち止まってしまいました。 それは何かの腐敗臭だった。 「う!何の臭い!くさい!」 思わずうずくまりそうになった瞬間 ガサ ガサ ガサ ガサガサ! 音がしたのでビクッと驚く 「誰!」 聞いても誰も答えない。 ガサガサ ガサガサ ガサガサ 「誰だよ!」 ガサガサ ガサガサ ガサガサ ガサガサ 怖くて足が動かなくなって、流石にこれはまずいと思った瞬間またあの歌が聞こえて来た。 悪い子は大丈夫 良い子にしてれば大変 良い子にしてると妖猿に狙われる 悪い子は大丈夫 良い子になるのは難しい 良い子にしてると妖猿がやって来る 悪い子は大丈夫 良い子は嘘つきさ 良い子にしてると妖猿に拐われる 今度は耳元じゃなくて前方から聞こえて来る。それもドンドン近づいて来る! ガサガサガサ あまりの恐怖で体がすくみ動けない!それに声の主らしき得体の知れない人物が近づいて来るのが分かる。 〝それ〟が人なのか何者なのか全く分からない! ガサガサ ガサガサ ガサガサ 「あわわわわわ、ぼ、僕は〝悪い子〟じゃない!」 思わずそう叫んだら、足音がピタリと止まりシーンと静まる。 そしたら、今度は〝向こう〟からこう質問が来た。   「〝良い子〟ではないの?」 やはり子供の声だった。前方から声がするが姿が見えない。 「良い子なもんか!」  叫び声というより雄叫びに近い声になっていた。 「……………………。」 この沈黙がとてつもなく長く感じた。 「ねぇ!答えてよ!」 振り絞って声を出す。 「ふーーーーーーーーーーーーーーーーん。そうなんだ」 と〝そいつ〟が話した瞬間、ブワッと目の前が真っ暗になった。 巨大で不気味な影が自分の眼前スレスレに立っていたのだ。 上をみると赤くて異様な目がこちらをギョロっと凝視していた。 やはりあの腐敗臭がする! その臭いは〝口〟の位置にある丸い穴から漂っていたのが分かった。 よく見ると全身真っ黒な毛むくじゃらで大きく膨らんだお腹に真上に尖った耳、穴のような口からは涎を垂らしていた。 大きなお腹に似つかわしくない細長い手足をして手先には肉食獣のような鋭くて長い爪が妖しい光を放っていた。 熊?いや、猿…なのかは、はっきりしないが、その恐ろしげな異様な姿に気を失いそうになっていたが赤い目がさらにカッと見開いた時、目が合ってしまった。 「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃ。」 もう声にならない叫び声だった。 まるで刃物で刺されたようにズボッと心臓を射抜かれた気分になる。   「〝良い子〟だったら〝家〟に連れてくのになぁ………残念だなぁ…」 巨体とは似合わない子供らしい声が背中をゾクゾクとさせた。 「あ…あ…あが…がががが…ど…どっち……どっちでもない!」 恐怖で顎がカクカクして上手くしゃべれない。 「どっちでもないの?本当に?」 もう頭を上下に振るしかなかった。 ガクンガクンと何度も振った。 「じゃあ、いいや。もう帰るね。」 〝そいつ〟が後ろを振り替えりそうになった時、 「あ、あ…の。あの…聞いて…も…聞いてもいい?」 恐怖で震えていたはずなのに咄嗟に言葉が出てしまった。 「うん、いいいいいいいいいよーーーーーーーーー!何?何?何?何?何?何?何?何?何?何?何?何?何?なにぃーーーーー!?なんだろ?なんだろ?なんだろ?なんだろ?なんだろ?なんだろ?なんだろ?何を聞きたいのーーーーーーー!?」 幼子が嬉しくてトチ狂ったような声が不気味にこだまする。 「よ、良い子だったらどうするの!?」 しばらくの沈黙の後、 「〝家〟に連れてくだけだよっーーーーーーーーーー!!!」 「え?それだけなの?」 「うん、うん、うん、うん、うん!」 「〝隠れ家〟には連れて行くだけ?」 〝それ〟は頷いているだけだった。 「じゃあ、悪い子は…?」 「…………………………………………………………………………………。」 この沈黙が物凄く長く感じた。 フシューーーーフシュルフシュルーーーー この世のものとは思えない呼吸をさせて〝それ〟は答えるのと同時にブワッとあの異臭がした。 強烈な臭いに堪らず鼻を押さえる。 「〝大丈夫〟だからーーーー〝そのまま〟帰すだけだよーーーーーーーーーーー」 ハキハキした感じで答える。 フシューーーーーシュルシュルーーーー その答えに関して疑問が湧いてしまった。 「〝大丈夫〟って何?」 「………………………………………。」 「何か言ってよ!」 「きゃっきゃっきゃっきゃっきゃっきゃっ!わーわーわー!きゃーきゃー!」 フシューーーーフシューーーーフシュフシュフシュフシュシュシュシュシュ 笑っているようだった。 「な、なに?………笑ってるの?」 急に〝そいつ〟の声色が成人男性のように低くなり、 「だって、シュルシュルーーーーーーー悪い子の〝脳みそ〟美味しくないだもん! だから良い子を連れてくんだよーーーーッ。 良い子のはねぇーーーーーーーッ! 甘くてトロトロで、美味しんだぁっーーー! 〝君〟にもおすすめだよーーー! シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュ」 笑っているようだった。 ……………! その話を聞いた瞬間、血の気がサっと引き、声にならない悲鳴をあげた後、体が本能的に後ろを向き〝退避〟を選択していた。 しかし、背後からこんな声が聞こえた。   「あ、そうだ!どちらでもない子はね!……を……て…皮を全部さぁ……ひん剥いてさぁーーー!…でさ………のさ……。フシューーーーーーヒャーーーーーー!」 もう最後の方は何を言っていたのかさっぱり分からなかった。 結局、英明さんが逃げ出した頃にはちょうど朝になっていて無事に家に帰れたそうです。 これが女性が祖父から聞いた話だそうです。 その後、なんで狙われたのかも未だに分からなかったそうです。 ただ〝あれ〟が何だったのか分からなくて、出会った異形の者が妖猿(あやかしざる)だったのかよく分からないとのことでした。 それに最後に放った言葉が気になります。 そしたら、女性がこんな事を言い出した。 「実はね。その英明さんはまだ生きているの。」  僕は驚いた。生きていたとしてもかなりの高齢である。 「え?だとしたら今は何処に?」 女性はうつむき加減になりながら重そうな口を開いた。 「英明さんはM精神科病院にずっと入院しているの。」 「そこでずっと〝歌って〟いるんだって、しかもね………目が〝真っ赤になっている〟そうよ」
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