十九 会議は踊る されど進まず

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 中林宗佑の姿が通路の先に消えると沢田警備課長が会議室のドアを閉めた。  近藤政夫が笑顔になった。愛想笑いを浮かべて言う。 「お見苦しい場面をご覧にいれて申し訳ありません。  中林宗佑は最初からMarimuraの乗っ取りを画策していましてね。その結果が本田兄弟でした。中林宗佑は鞠村まりえの全株式を保有する様子でした。  機先を制して、我々は鞠村まりえの全株式を保有しました」 「新社長の人事はどうしたの?会議を進めなよ」  株式の事なんかどうでもいいとタエは思った。 「そうですね。  株主代表が四人になりましたが、会議を進めます。  社長候補を挙げてください。  事業部長でもかまいませんよ」  近藤政夫は株主たちに発言を求めた。だが、 「・・・」  他の三人の株主代表は何も言わない。 「木村タエさん。大沢ケイさん。何か意見はありませんか?」  近藤政夫はタエとケイに意見を求めた。 「私たちより、株主のみんなが詳しいべさ。もう候補者を決めてんだべ?」  タエは株主たちを見わたした。 「銀行とか商社とか、専務や常務の関係で、経営に慣れたのがいるだろうに」  ケイも株主一人一人を見つめた。みな長年の株主だ。Marimuraの経営を知らぬはずはない。 「実は・・・」  近藤政夫が態度を改めて木村タエとケイを見つめた。  なんだ?何を言う気だ?一瞬、木村タエとケイは心の中で身構えた。 「お二人に会社をお任せしたい・・・」  近藤政夫が呟くように言った。 「どういうことだ?」  ケイが聞きかえした。  タエは、何か聞きまちがえたと思った。 「アパレルメーカーの経営者には、売れる物を見極める能力が必要です。  経営に長けていたり、流通経路関係を熟知していても、洋服を作れるアイデアの無い者は経営に向きません。  それが、専務や常務が社長になれなかった理由です」  近藤政夫は、単なる利益追求や流通経路から販路を独占しようとする、専務や常務の考えに懐疑的だ。 「たしかに、アイツラ、人を使えねえし、経営させたらダメだ。  Marimuraに来る以前に務めてた会社で、なぜ専務や常務をしてたか、ふしぎだぞ」  口うるさい専務と常務の顔を思い浮かべて、ケイは一泡吹かせたい気分になった。 「あの専務と常務はファッションセンスはねえ。  アイツラが社長になったら、 『売れる物を作れ。利益を出せ』  そう言って怒鳴るだけだろうよ。  あんな、天下取ったみたいに思ってる二人を部下にしたい社長はいねえべさ」  タエも気持ちはケイと同じだった。  経理担当の専務は銀行の専務を退職してMarimuraの専務になった人物だ。常務は取引先の商社からMarimuraの常務になった人物で、商品流通経路に詳しい。二人ともファッションにはまったく疎い。  「社長を引き受けてくださいますか?」  近藤政夫が、今度は大きな声でハッキリ言った。  近藤政夫を見ている他の株主たちの目がいっせいにタエとケイに向いた。 「二人で一人前って事か?私が経理担当で、タエが商品担当か?  鞠村まりえは商品担当で、経理は専務たちだったよな?  違うか?どうしてた?」 ケイが近藤政夫を睨んでいる。 「そうでした。だから、お二人にお願いしたい」  そう言って、近藤政夫はその後の言葉を飲み込むように、息を呑んでいる。 「専務と常務をクビにするんか?それとも格下げか?」  タエは、専務と常務に対する近藤政夫の懸念を感じてそう言った。 「本田兄弟はどうした?」  大株主だった鞠村まりえが、専務と常務をひき抜いてきた。鞠村まりえ無きMarimuraで、専務と常務は鞠村まりえに代ってのさばるだろう。二人を押さえつけるには大株主の息がかかった社長が必要だ、とケイは考えていた。 「専務も常務も現職のままです。本田兄弟は、状況によっては書類送検になるでしょうが、罪状が付くでしょう」  近藤政夫は事務的に状況を話した。 「ふーん、おまえらバカか!  頭をすげかえても、身体がそのままなら、身動きとれるわけねえべ!  ちいっと、待ってな・・・。  タエ、耳貸せ」 「はいよ!」  ケイは株主たちを睨まままま、タエに耳打ちした。 「タエ、どう思う?」とケイ。 「おもしろいから、やってみんべ。  今さら、専務と常務はいらないべさ。  経理部長も営業部長も仕事は熟知してる・・・」とタエ。 「そしたら、人事は社長一任と言う事でいいな?」 「ああ、いいよ」  タエはケイに同意した。 「よし!これから、条件を言う!  今回の一連の騒動の責任を取らせて、専務と常務をクビにしろ!  降格はダメだ。専務と常務は、降格されて黙ってるようなタマじゃねえべさ!  人事は社長に一任する事!  そしたら、あたしら二人で社長を引き受ける。  人事は私とタエが決める!」  ケイは株主たちを睨みつけて、きっぱり言い放った。タエも株主たちを睨んでいる。 「わかりました。私たちで協議して御連絡します。  株主の皆さんはそれでいいですね」 「よかろう・・・」  他の株主たちが同意した。 「では、公共交通機関が復旧ししだい会社を営業します。  それまでに、私から連絡いたします。  本日はご足労、ありがとうございました。  正午を過ぎていますので、後ほど、昼食を自宅へ届けます。  沢田警備課長、内藤刑事。お二人を自宅へお送りください」  近藤政夫は丁重にそう言った。 一時間あまり後。  深雪装備、低車高幅広の四輪駆動車が錦糸町のマンションに着いた。 「今日は、ご苦労様でした。  会議結果の連絡は明日以降になると思います。  それから、遅くなりましたが、昼食と夕食です。温めて食べてください」  沢田警備課長は、車を降りたタエとケイに、大きな手提げ紙袋を手渡した。 「ありがとう。いろいろお世話になりました」  タエとケイは沢田警備課長と内藤刑事にお礼を言って四輪駆動車を見送り、マンションへ入った。
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