おまけの後日談

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おまけの後日談

 夜9時26分。  今日も一日頑張ったなぁといつもの車両に乗り込み、少しだけネクタイを緩める。  あの子たちが北の国へ旅立ってから3ヶ月経ち、季節はもう夏で。  大学へ行きたいという娘は塾へ通いだしたし、この春ようやく高校生になった息子はまだバイトが出来ないのは理不尽だと文句ばっかりだ。 「あっ」  会社の最寄り駅から二駅、見知った人が乗り込んでくる。  毎朝会うのに夜会うのは初めてで、なんだか不思議な感じだ。 「お疲れ様です」  ほんの少しだけ頭を下げ、まぁお互い会話もないままガタゴトと電車は揺れる。 「あの子たち・・・元気ですかね」  あの三年間は、この車両に乗る人達には思い出深い三年間だったようで、未だにガヤガヤと騒がしい高校生を見ては苦笑を漏らす人たちと目が合う。 「どうでしょうね。寒いでしょうしね」  北の方はまだ夏という季節ではないかもしれない。  ただ、寄り添っているのなら寒さもあまり感じないかもしれないな、とも思わなくもない。 「たまには顔を見せてくれてもいいと思うんですけどね」  少しだけ不機嫌そうなその人は、俺よりもずっと親目線であの子たちを見ていたのかもしれない。  今年の子たちは、騒がしいだけで色恋も薄く、あの子たちのように必死に恋愛する訳じゃなく、まだ友人たちと遊んでる方が楽しそうで、草食系という言葉がしっくり来る世代なのだと言うのをなんだか寂しく思う。 「あの子たち、羨ましかったなぁ。あんな恋愛したことないし」 「ないの?結構今風のイケメンなのに」  すっと下げた目線は、そのまま流れるように窓へと向かい、静かに呟く。 「俺は隠してるから。ずっと片思いだけで誰かといたことないから」  そうか、気が付かなかっただけで意外と周りにもこの人のようにひっそり生きている人もいるのか。 「俺の友達に、それが原因で離婚したのがいるよ。紹介しようか?」  パッと顔を上げたその人は、一瞬だけ輝いた目をして、それでもそのまま俯いてしまった。 「まぁ、俺が言うのもなんだけど、良い奴だよ。会うだけでも会ってみれば?」  騙されたと思ったら俺に言ってくれればそいつのこと殴ってやるし。  そう言えば、その人はおずおずと「お願いしてもいいですか」と顔を赤らめた。  連絡先の交換をしましょうと言えば申し訳なさそうにスマホを取り出して、あれ?どうやるんだっけ という俺にコレはこうだと教えてくれる。 「井上一也と言います。32歳です」と慌てたように名乗るその人に、俺も慌てて「佐々木祐介です、45歳です」と名乗る。 「娘がようやく高校卒業出来る年になって」  俺よりも後に降りるその人と、意外と話が合い、割とプライベートな事まで話していた。 「近いうちに、飲みにでも行きましょう」と約束し「じゃあまた明日」と別れた。  この年で、会社とは全く関係の無い友人ができたことにほんの少しだけ顔がニヤける。  俺は妻を愛しているから、あの人とどうこうなることはないけど、世の中のマイノリティと言われる人たちが少しでも生きやすくなればいいのになぁと思いながら、家路を急ぐ。 了
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